『ファーストクラッシュ』(山田詠美)_ 私を見て。誰より “私を” 見てほしい。

公開日: : 最終更新日:2024/01/09 『ファーストクラッシュ』(山田詠美), 作家別(や行), 山田詠美, 書評(は行)

『ファーストクラッシュ』山田 詠美 文藝春秋 2019年10月30日第1刷

初恋、それは身も心も砕くもの。- 母を亡くし、高見澤家で暮らすことになった少年に、三姉妹はそれぞれに心を奪われていく。プリズムのように輝き、胸を焼く記憶の欠片たち。現代最高の女性作家が紡ぎだす、芳醇な恋愛小説。(文藝春秋)

山田詠美の新刊 『ファーストクラッシュ』 を読みました。

よくある恋愛話ではありますが、よくよく読むと、単に惚れた腫れたの話だけではないのがわかります。思い出してみてください。油断をすると、泣くかもしれません。

山田詠美の多くの作品がそうですが、これもまたその一つで、誰も真似ができない、清く正しく美しく、それでいて妙に艶っぽくもあり、数多ある恋愛小説とは一味も二味も違います。

登場する三姉妹それぞれの、その時 - まさにクラッシュしたその瞬間 - の心情を過不足なく描き出してみせるのは、さすがというほかありません。三人は、それぞれがその年齢に相応しく、それぞれに “お似合い” の恋をします。

その恋のあり方は、物語のはじめ、二女の咲也の言葉によって予告されます。それが、

初恋は、しばしば ファースト ラヴ と訳されるけれども、そこでイメージされる淡い想いとか甘酸っぱい感じとは全然違うと私は感じている。少なくとも、私の場合は違っていたということだ。可愛らしく微笑ましいものなんかじゃなかった。それは、相手の内なる何かを叩き壊したいという欲望、まさに、クラッシュな行為。(第一部 P7.8)

というもの。

さて - では当時、三姉妹を三姉妹ごと虜にした (といっても、そのスチュエーションはまるで違うのですが) 相手はというと - 、

その少年は、姉妹が暮らす高見澤家に突然やって来たのでした。歳は11歳。名は新堂力 (しんどう・りき) といいます。彼は、かつて三姉妹の父が愛した人の連れ子で、彼女が死んで身寄りがなくなったため、高見澤家に引き取られてきたのでした。

彼との出会いは、姉の麗子が12歳、二女の咲也が10歳で、末っ子の薫子が6歳の時でした。

高見澤家は裕福で、家族は何不自由のない暮らしをしています。主の夫は留守がちで、あとは女ばかりの中に放り込まれた当初の力は、居場所が定まらず、姉妹の母からは心ない言葉を投げかけられたりします。夫の愛人の連れ子となれば、それも当然のことでした。

三姉妹はというと、こちらはとにもかくにも、同じ年頃の少年の存在そのものが珍しく興味津々で、関わりたいような関わりたくはないような、そんな感じで過ごします。唯一人、末っ子の薫子だけは違い、二人はすぐにじゃれ合うような仲になります。

母を含め、麗子と咲也はさすがに薫子のようにはいきません。互いに遠目に見ては近づくチャンスを窺うような、ぎこちない日々が続きます。そのうち段々と、彼女らの心を捉まえ出したのは力の方でした。彼には (誰もが) そうなるだけの魅力があります。

この本を読んでみてください係数  85/100

◆山田 詠美
1959年東京都板橋区生まれ。
明治大学日本文学科中退。

作品 「僕は勉強ができない」「蝶々の纏足・風葬の教室」「ソウル・ミュージック ラバーズ・オンリー」「ベッドタイムアイズ」「色彩の息子」「風味絶佳」「つみびと」他多数

関連記事

『ブラフマンの埋葬』(小川洋子)_書評という名の読書感想文

『ブラフマンの埋葬』小川 洋子 講談社文庫 2017年10月16日第8刷 読めば読

記事を読む

『ホテルローヤル』(桜木紫乃)_書評という名の読書感想文

『ホテルローヤル』桜木 紫乃 集英社 2013年1月10日第一刷 「本日開店」は貧乏寺の住職の妻

記事を読む

『死者のための音楽』(山白朝子)_書評という名の読書感想文

『死者のための音楽』山白 朝子 角川文庫 2013年11月25日初版 [目次]教わ

記事を読む

『爆弾』(呉勝浩)_書評という名の読書感想文

『爆弾』呉 勝浩 講談社 2023年2月22日第8刷発行 爆発 大ヒット中! 第16

記事を読む

『プリズム』(貫井徳郎)_書評という名の読書感想文

『プリズム』貫井 徳郎 創元社推理文庫 2003年1月24日 初版 女性教師はなぜ

記事を読む

『骨を彩る』(彩瀬まる)_書評という名の読書感想文

『骨を彩る』彩瀬 まる 幻冬舎文庫 2017年2月10日初版 十年前に妻を失うも、最近心揺れる女性

記事を読む

『俳優・亀岡拓次』(戌井昭人)_書評という名の読書感想文

『俳優・亀岡拓次』戌井 昭人 文春文庫 2015年11月10日第一刷 亀岡拓次、37歳、独身。

記事を読む

『白砂』(鏑木蓮)_書評という名の読書感想文

『白砂』鏑木 蓮 双葉文庫 2013年6月16日第一刷 苦労して働きながら予備校に通う、二十歳の高

記事を読む

『星に願いを、そして手を。』(青羽悠)_書評という名の読書感想文

『星に願いを、そして手を。』青羽 悠 集英社文庫 2019年2月25日第一刷 大人

記事を読む

『僕のなかの壊れていない部分』(白石一文)_僕には母と呼べる人がいたのだろうか。

『僕のなかの壊れていない部分』白石 一文 文春文庫 2019年11月10日第1刷

記事を読む

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

『海神 (わだつみ)』(染井為人)_書評という名の読書感想文

『海神 (わだつみ)』染井 為人 光文社文庫 2024年2月20日

『百年と一日』(柴崎友香)_書評という名の読書感想文

『百年と一日』柴崎 友香 ちくま文庫 2024年3月10日 第1刷発

『燕は戻ってこない』(桐野夏生)_書評という名の読書感想文

『燕は戻ってこない』桐野 夏生 集英社文庫 2024年3月25日 第

『羊は安らかに草を食み』(宇佐美まこと)_書評という名の読書感想文

『羊は安らかに草を食み』宇佐美 まこと 祥伝社文庫 2024年3月2

『逆転美人』(藤崎翔)_書評という名の読書感想文

『逆転美人』藤崎 翔 双葉文庫 2024年2月13日第15刷 発行

→もっと見る

  • 3 にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
PAGE TOP ↑