『ファーストクラッシュ』(山田詠美)_ 私を見て。誰より “私を” 見てほしい。
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最終更新日:2019/11/22
『ファーストクラッシュ』(山田詠美), 作家別(や行), 山田詠美, 書評(は行)
『ファーストクラッシュ』山田 詠美 文藝春秋 2019年10月30日第1刷
初恋、それは身も心も砕くもの。- 母を亡くし、高見澤家で暮らすことになった少年に、三姉妹はそれぞれに心を奪われていく。プリズムのように輝き、胸を焼く記憶の欠片たち。現代最高の女性作家が紡ぎだす、芳醇な恋愛小説。(文藝春秋)
山田詠美の新刊 『ファーストクラッシュ』 を読みました。
よくある恋愛話ではありますが、よくよく読むと、単に惚れた腫れたの話だけではないのがわかります。思い出してみてください。油断をすると、泣くかもしれません。
山田詠美の多くの作品がそうですが、これもまたその一つで、誰も真似ができない、清く正しく美しく、それでいて妙に艶っぽくもあり、数多ある恋愛小説とは一味も二味も違います。
登場する三姉妹それぞれの、その時 - まさにクラッシュしたその瞬間 - の心情を過不足なく描き出してみせるのは、さすがというほかありません。三人は、それぞれがその年齢に相応しく、それぞれに “お似合い” の恋をします。
その恋のあり方は、物語のはじめ、二女の咲也の言葉によって予告されます。それが、
初恋は、しばしば 「ファースト ラヴ」 と訳されるけれども、そこでイメージされる淡い想いとか甘酸っぱい感じとは全然違うと私は感じている。少なくとも、私の場合は違っていたということだ。可愛らしく微笑ましいものなんかじゃなかった。それは、相手の内なる何かを叩き壊したいという欲望、まさに、クラッシュな行為。(第一部 P7.8)
というもの。
さて - では当時、三姉妹を三姉妹ごと虜にした (といっても、そのスチュエーションはまるで違うのですが) 相手はというと - 、
その少年は、姉妹が暮らす高見澤家に突然やって来たのでした。歳は11歳。名は新堂力 (しんどう・りき) といいます。彼は、かつて三姉妹の父が愛した人の連れ子で、彼女が死んで身寄りがなくなったため、高見澤家に引き取られてきたのでした。
彼との出会いは、姉の麗子が12歳、二女の咲也が10歳で、末っ子の薫子が6歳の時でした。
高見澤家は裕福で、家族は何不自由のない暮らしをしています。主の夫は留守がちで、あとは女ばかりの中に放り込まれた当初の力は、居場所が定まらず、姉妹の母からは心ない言葉を投げかけられたりします。夫の愛人の連れ子となれば、それも当然のことでした。
三姉妹はというと、こちらはとにもかくにも、同じ年頃の少年の存在そのものが珍しく興味津々で、関わりたいような関わりたくはないような、そんな感じで過ごします。唯一人、末っ子の薫子だけは違い、二人はすぐにじゃれ合うような仲になります。
母を含め、麗子と咲也はさすがに薫子のようにはいきません。互いに遠目に見ては近づくチャンスを窺うような、ぎこちない日々が続きます。そのうち段々と、彼女らの心を捉まえ出したのは力の方でした。彼には (誰もが) そうなるだけの魅力があります。
この本を読んでみてください係数 85/100
◆山田 詠美
1959年東京都板橋区生まれ。
明治大学日本文学科中退。
作品 「僕は勉強ができない」「蝶々の纏足・風葬の教室」「ソウル・ミュージック ラバーズ・オンリー」「ベッドタイムアイズ」「色彩の息子」「風味絶佳」「つみびと」他多数
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