『毒母ですが、なにか』(山口恵以子)_書評という名の読書感想文
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最終更新日:2024/01/08
『毒母ですが、なにか』(山口恵以子), 作家別(や行), 山口恵以子, 書評(た行)
『毒母ですが、なにか』山口 恵以子 新潮文庫 2020年9月1日発行
![](http://choshohyo.com/wp-content/uploads/2024/01/814Vb9o6XL._AC_UL320_-1.jpg)
16歳で両親が事故死し孤児となったりつ子は、絶縁状態だった父の生家・財閥の玉垣家に引き取られる。贅沢な生活を送りながらも常に 〈よそ者〉 でしかない孤独感を紛らわすかのように勉強に励み、東大に合格。卒業後は名家の御曹司と結婚し、双子を出産する。すべてを手に入れたりつ子が次に欲したのは、子どもたちの成功だった - 。永遠にわかりあえない母娘を克明に描き出す圧巻の長編! (新潮文庫)
舞台が昭和なだけに、ちょっと古い感じがしなくもありません。でも大丈夫。読むうち段々と、そんなことは気にならなくなります。そして圧巻の最終盤の、思いもしない顛末に “あっと驚く” ことになります。
精神科医であり、筑波大学教授の斎藤環先生の見立てはこうです。(解説より)
高校一年で両親を脱線事故で亡くしたりつ子は、父親の実家である富裕な玉垣家に引き取られた。上流社会の生活になじめず孤立したりつ子は、周囲の娘たちのように学習院に進学することを避けるべく必死で受験勉強に励み、東大に合格。しかし就職の段階で女子を阻むガラスの天井に突き当たり、方針変更、美貌を武器に婚活に勤しみ、名家大鷹家の長男、迪彦を射止める。そんなりつ子が双子を授かった。倫太郎と星良である。はじめは受験のことなど考えていなかったりつ子は、周囲からお受験の熾烈さを聞かされて、子どもたちを塾に通わせるようになる。しかし、娘の星良は小学校受験にことごとく失敗し、りつ子にとっては屈辱的なことに、公立小学校に通うはめになる。婚家から侮られる屈辱に耐えかねて、彼女は周囲の連中を見返してやることを決意する。
- と、ここまで書いて先生は、りつ子という女性をこう規定します。
そう、りつ子の生存原理はきわめてシンプルだ。中流階級の出自に対する引け目と、だからといって周囲から侮られるのは我慢できないという高いプライド。この原理ゆえに猛烈な努力で東大には入学できたし、結婚も思い通りになった。しかし娘の星良は、そうはならなかった。彼女からすればひどくできの悪い娘のせいで、りつ子の人生の軌道は少しずつ狂いはじめる。
- 改めて書いておきましょう。16歳を境にりつ子の人生はがらりと変わるのですが、それは、以前の彼女の生活が甚だしく辛かったとか苦しかったということではありません。玉垣家とは大きく趣は異なるものの、相応に豊かで幸せな日々を送っていたのです。
動機はさておき、持って生まれた美貌を武器に、りつ子は理想の夫を射止めることに成功します。夫・迪彦は名家の御曹司らしく品が良く穏やかな性格で、彼女のことを心から愛しています。りつ子もまた、誰よりも迪彦を慕っています。
多少の齟齬はあったにせよ、りつ子は人並み以上の暮らしを手に入れたのでした。その上、何を望むというのでしょう? 何がりつ子をそこまで駆り立てたのでしょう。
りつ子が娘の星良にしたことは、星良にとってはすべてが “地獄” でした。その内容と顛末は書かずにおきますが、母が願う娘の幸福と、娘が描く自分の将来がこれほどまでに食い違うのは、一体どこに原因があるのでしょう?
最後に、再び斎藤先生のことば。
このように母はしばしば、まったく無自覚に、それこそ 「良かれと思って」 娘を支配しようとする。りつ子は星良を抑圧し、献身し、同一化する。いずれも母による支配の典型的なやり方だ。(中略) 母はしばしば娘の身体を借りて自身の欲望を満たそうとするため、自己愛と献身と支配の区別がきわめて曖昧になりやすい。だから私はいつも強調している。「あなたのためを思って」 は、例外なく呪いの言葉なのだ、と。
※りつ子ほどではないにせよ、私の周りにも彼女によく似た人物がいます。おそらく、当人には一切悪気がありません。「良かれと思い」、「ためを思って」 することが、往々にして、自分のためであることに気付こうともしません。
この本を読んでみてください係数 80/100
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◆山口 恵以子
1958年東京都生まれ。
早稲田大学文学部卒業。
作品 「邪剣始末」「月下上海」「食堂のおばちゃん」「婚活食堂」シリーズ、「恋形見」等
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