『物語が、始まる』(川上弘美)_書評という名の読書感想文

『物語が、始まる』川上 弘美 中公文庫 2012年4月20日9刷

物語が、始まる (中公文庫)

いつもの暮らしのそこここに、ひっそり開いた異世界への扉 - 公園の砂場で拾った雛型との不思議なラブ・ストーリーを描く表題作ほか、奇妙で、ユーモラスで、どこか哀しい、四つの幻想譚。芥川賞作家の初めての短篇集。(中公文庫)

(解説より) 穂村弘さんの、楽しい、そしてとても共感できる文章を紹介しようと思います。

雛型を手に入れたという冒頭の一文に、どきんとした。
「何の雛型かというと、いろいろ言い方はあるが、簡単に言ってしまえば、男の雛型である」 で、胸のどきどきは高まった。
そこへ追い打ちをかけるように、「生きている」。
うわっと思って本を伏せた。

ゆき子と三郎 - ゆき子は雛型を三郎と名付けます - の物語の中には、人形愛や母子愛や自己愛がぐちゃぐちゃに詰まっている。そしてそんなにぐちゃぐちゃになっていても、やはりそれは純愛なのだった。
たぶん、あれが私たちのもっとも幸せな時間だったのかもしれない、と思う場面がある」 という一文に胸が締め付けられる。

私は思わず友達に電話をかけた。
「『物語が、始まる』 読んだ? 」
「川上さんの? 」
「うん」
「読んだよ~、三郎の話、せつないね~」
「うん、うん」
「あたし、泣いたよ」
「うん、うん、うん」
満足した私は肯きながら電話を切った。

そして次の作品を読み始めた。「トカゲ」 である。
この話には、女と子供と座敷トカゲしか出てこない。そして話の舞台は昼間のマンションだ。それなのにこの濃密ないやらしさはどうだ。

ラストシーンで行われている行為は、冷静に指を折って考えてみると、同性愛の近親相姦の獣姦の乱交のラマーズ呼吸法の黒ミサの生け贄儀式ではないか。しかもその快感は蛇の生殺しならぬトカゲの生殺しのようにいつまでも終わらない。読み終わった私の頭はすっかり痺れていた。

私は思わず友達に電話をかけた。
「『トカゲ』 読んだ? 」
「川上さんの? 」
「うん」
「読んだよ~、座敷トカゲ、面白いね~」

「めちゃくちゃエッチじゃないか」
「え、川上さんのこと? 」
「うん」
「そんなことないよ。だって川上さん、学校の先生だったんだよ」

「エッチな先生だっているだろう」
「だって理科の先生だよ」
「理科・・・・・・・」
「うん、炎色反応とか細胞分裂とか」

よくわからなくなった私は電話を切った。「トカゲ」 はエッチじゃないのか、興奮した私の方がエッチなのか、混乱しながら再び本を開いた。

次は 「」 である。(続く)

川上弘美が書いたものなら、私はもはや、少々のことでは驚かなくなりました。さすがに慣れました。人の形をした、ただの雛型が感情を持ち、口をきくようになり、生身の人間に恋をしたとしても。体長が1メートを超える、座敷犬ならぬ “座敷トカゲ” がいたとしても、それがなんだというのでしょう。

この本を読んでみてください係数 85/100

物語が、始まる (中公文庫)

◆川上 弘美
1958年東京都生まれ。
お茶の水女子大学理学部卒業。

作品 「神様」「溺レる」「蛇を踏む」「真鶴」「ざらざら」「センセイの鞄」「天頂より少し下って」「水声」「どこから行っても遠い町」「大きな鳥にさらわれないよう」他多数

関連記事

『迷宮』(中村文則)_書評という名の読書感想文

『迷宮』中村 文則 新潮文庫 2015年4月1日発行 迷宮 (新潮文庫)  

記事を読む

『螻蛄(けら)』(黒川博行)_書評という名の読書感想文

『螻蛄(けら)』黒川 博行 新潮社 2009年7月25日発行 螻蛄 (角川文庫) &nb

記事を読む

『タイガー理髪店心中』(小暮夕紀子)_わたしの血は、よもや青くなってはないだろうな。

『タイガー理髪店心中』小暮 夕紀子 朝日新聞出版 2020年1月30日第1刷 タイガー理髪店

記事を読む

『わたしの本の空白は』(近藤史恵)_書評という名の読書感想文

『わたしの本の空白は』近藤 史恵 ハルキ文庫 2021年7月18日第1刷 わたしの本の空白は

記事を読む

『やめるときも、すこやかなるときも』(窪美澄)_書評という名の読書感想文

『やめるときも、すこやかなるときも』窪 美澄 集英社文庫 2019年11月25日第1刷 やめ

記事を読む

『緑の我が家』(小野不由美)_書評という名の読書感想文

『緑の我が家』小野 不由美 角川文庫 2022年10月25日初版発行 物語の冒頭はこ

記事を読む

『モルヒネ』(安達千夏)_書評という名の読書感想文

『モルヒネ』安達 千夏 祥伝社文庫 2006年7月30日第一刷 モルヒネ (祥伝社文庫)

記事を読む

『幸福な遊戯』(角田光代)_書評という名の読書感想文

『幸福な遊戯』角田 光代 角川文庫 2019年6月20日14版 幸福な遊戯 (角川文庫)

記事を読む

『悪果』(黒川博行)_書評という名の読書感想文

『悪果』黒川 博行 角川書店 2007年9月30日初版 悪果 (角川文庫)  

記事を読む

『夏物語』(川上未映子)_書評という名の読書感想文

『夏物語』川上 未映子 文春文庫 2021年8月10日第1刷 夏物語 (文春文庫) 世

記事を読む

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

『夜に星を放つ』(窪美澄)_書評という名の読書感想文

『夜に星を放つ』窪 美澄 文藝春秋 2022年7月30日第2刷発行

『生命式』(村田沙耶香)_書評という名の読書感想文

『生命式』村田 沙耶香 河出文庫 2022年5月20日初版発行

『中尉』(古処誠二)_書評という名の読書感想文

『中尉』古処 誠二 角川文庫 2017年7月25日初版発行

『犬のかたちをしているもの』(高瀬隼子)_書評という名の読書感想文

『犬のかたちをしているもの』高瀬 隼子 集英社文庫 2022年9月1

『殺人者』(望月諒子)_書評という名の読書感想文

『殺人者』望月 諒子 新潮文庫 2022年11月1日発行

→もっと見る

  • 3 にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
PAGE TOP ↑