『猫を拾いに』(川上弘美)_書評という名の読書感想文

公開日: : 最終更新日:2024/01/10 『猫を拾いに』(川上弘美), 作家別(か行), 川上弘美, 書評(な行)

『猫を拾いに』川上 弘美 新潮文庫 2018年6月1日発行

誕生日の夜、プレーリードッグや地球外生物が集い、老婦人は可愛い息子の将来を案じた日々を懐かしむ。年寄りだらけになった日本では誰もが贈り物のアイデアに心悩ませ、愛を語る掌サイズのおじさんの頭上に蝉しぐれが降りそそぐ。不思議な人々と気になる恋。不機嫌上機嫌の風にあおられながら、それでも手に手をとって、つるつるごつごつ恋の悪路に素足でふみこむ女たちを慈しむ21篇。(新潮文庫)

この人の本を読もうとするときは、それなりの覚悟が必要だ。何が書いてあろうと、少々の事では驚かない。自分には理解できないなどと、落ち込んだりしてはならない。余計なことは考えず、それはそれとして(留め置いて)、まずは読み切ってしまうのが肝要だ。

すると、後になってじわじわと、ベタな小説では味わえない、何か不可思議なものに包まれたような感覚になる。適温に保たれた湯船にいるような、デトックスされて身が軽くなったような。浄化され、恒とは違う空気の中にいるような感じがする。心地が良くて、それがクセになる。

なにげに地球外生物が登場してきては、人に代わってせっせと台所仕事などをしている。

薄々勘付いてはいたものの、息子に自分はゲイだと聞かされて、それはきっと私のせいに違いないと悩む母親がいる。ゲイで何が悪い? とは思いつつ、この町では暮らせない。

猫を拾いにゆく。

年寄りだらけになった日本では誰もが贈り物のアイデアに心悩ませている。

新しいプレゼントを買うお金の余裕を、たいがいの人は持っていないので、プレゼントは流れる水のように、町内の人たちの間を巡回する。だから、もらったプレゼントは使用してはならない。いくら探してみても、プレゼントになりそうなものは、家の中になかった。それで、わたしは樹(いつき)医院の森にでかけてゆくことにした。

数日かけて歩きまわり、ついに見つけた。生まれて間もない猫だ。母猫とはぐれたのか、心細そうによたよたと歩いていた。森の下生えには、雪が残っている。(P134)

連れて帰り、よく洗ってやり、リボンで首輪をする。あんまり可愛いので、贈るのはもったいない気持ちになったが、まあいい、遊びにいってなでさせてもらえばいいのだと考える。

そして今度は、自分用の猫を拾いに、樹医院の森へゆこうと思う。そして、贈り物の猫につけたものより上等なリボンを、首にまいてやるのだ - と。

このごろ気になる、新田義雄の話。

新田義雄のことを、このごろあたしは、しょっちゅう考えてしまう。新田義雄は、会社の同期だ。6人いる同期のうち、女は2人で男が4人、その4人の男の中でいちばんめだたないのが、新田義雄だ。

あたしたちの会社は、京都に本社がある。だから、年に2回ほどは京都出張がある。たいがいの社員は、京都出張が好きだ。東京からは新幹線で一本で便利だし、時間があいたら観光もできるし、それになんといっても、京都だし。(P280)

ところが、新田義雄だけは、京都の話で盛り上がる女子や課長をよそ目に、うつむいて顔をしかめてばかりいる。

そういえば、新田義雄は、京都出張の時に限って風邪をひく。

信長、よーじや、阿闍梨餅 !! 

この本を読んでみてください係数 85/100

◆川上 弘美
1958年東京都生まれ。
お茶の水女子大学理学部卒業。

作品 「神様」「溺レる」「蛇を踏む」「真鶴」「ざらざら」「センセイの鞄」「天頂より少し下って」「水声」「どこから行っても遠い町」「ニシノユキヒコの恋と冒険」他多数

関連記事

『幾千の夜、昨日の月』(角田光代)_書評という名の読書感想文

『幾千の夜、昨日の月』角田 光代 角川文庫 2015年1月25日初版 新聞で文庫の新刊が出る

記事を読む

『七怪忌』(最東対地)_書評という名の読書感想文

『七怪忌』最東 対地 角川ホラー文庫 2021年4月25日初版 この学校に伝わる七

記事を読む

『救われてんじゃねえよ』(上村裕香)_書評という名の読書感想文

『救われてんじゃねえよ』上村 裕香 新潮社 2025年4月15日 発行 24歳、現役大学院生

記事を読む

『アンソーシャル ディスタンス』(金原ひとみ)_書評という名の読書感想文

『アンソーシャル ディスタンス』金原 ひとみ 新潮文庫 2024年2月1日 発行 すぐに全編

記事を読む

『ふがいない僕は空を見た』(窪美澄)_書評という名の読書感想文

『ふがいない僕は空を見た』窪 美澄 新潮文庫 2012年10月1日発行 高校一年生の斉藤くんは、年

記事を読む

『わたしの本の空白は』(近藤史恵)_書評という名の読書感想文

『わたしの本の空白は』近藤 史恵 ハルキ文庫 2021年7月18日第1刷 気づいた

記事を読む

『私の命はあなたの命より軽い』(近藤史恵)_書評という名の読書感想文

『私の命はあなたの命より軽い』近藤 史恵 講談社文庫 2017年6月15日第一刷 東京で初めての出

記事を読む

『インドラネット』(桐野夏生)_書評という名の読書感想文

『インドラネット』桐野 夏生 角川文庫 2024年7月25日 初版発行 闇のその奥へと誘う

記事を読む

『虹』(周防柳)_書評という名の読書感想文

『虹』周防 柳 集英社文庫 2018年3月25日第一刷 二十歳の女子大生が溺死体で発見された。両手

記事を読む

『カナリアは眠れない』(近藤史恵)_書評という名の読書感想文

『カナリアは眠れない』近藤 史恵 祥伝社文庫 1999年7月20日初版 変わり者の整体師合田力は

記事を読む

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

『アイドルだった君へ』(小林早代子)_書評という名の読書感想文

『アイドルだった君へ』小林 早代子 新潮文庫 2025年3月1日 発

『現代生活独習ノート』(津村記久子)_書評という名の読書感想文

『現代生活独習ノート』津村 記久子 講談社文庫 2025年5月15日

『受け手のいない祈り』(朝比奈秋)_書評という名の読書感想文

『受け手のいない祈り』朝比奈 秋 新潮社 2025年3月25日 発行

『蛇行する月 』(桜木紫乃)_書評という名の読書感想文

『蛇行する月 』桜木 紫乃 双葉文庫 2025年1月27日 第7刷発

『でっちあげ/福岡 「殺人教師」 事件の真相 』(福田ますみ)_書評という名の読書感想文

『でっちあげ/福岡 「殺人教師」 事件の真相 』福田 ますみ 新潮文

→もっと見る

  • 3 にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
PAGE TOP ↑