『誰もボクを見ていない/なぜ17歳の少年は、祖父母を殺害したのか』(山寺香)_書評という名の読書感想文
『誰もボクを見ていない/なぜ17歳の少年は、祖父母を殺害したのか』山寺 香 ポプラ文庫 2020年4月5日第1刷
「殺してでも金を借りてこい」- 母親からの執拗な脅迫により、実の祖父母を殺害。金品を奪ったとして逮捕された当時17歳の少年。取調べで明らかになったのは、少年が過ごしてきたあまりにも過酷な環境だった。「判決はどうでもいい。自分のような子がいたら救ってあげてほしい」。逮捕当初から取材にかかわる記者が、少年の犯した罪の実相に迫り、少年犯罪の背景にある闇を暴く渾身のノンフィクション。(BookLiveより)
[事件のあらまし]
2014年3月29日、埼玉県川口市のアパートの一室で背中を刃物で刺された70代の老夫婦の遺体が発見された。1ヶ月後、警察は窃盗容疑で孫の少年 (当時17歳) を逮捕 (後に強盗殺人容疑などで再逮捕) した。殺害の動機については 「金目当てだった」 との供述が報じられた。
これだけなら、ままあるといえばある事件。素行の悪い不良少年が遊ぶ金ほしさに祖父母を殺してしまう。きっとそんなことだったろうと。ところが -
- この事件はその後、発生時以上の注目を集めることになった。(後略)
法廷で明らかになった少年の生い立ちは常軌を逸した過酷なものであり、中でも驚愕した事実は少年が小学5年から義務教育を受けていなかったにもかかわらず、行政機関も周囲の大人も少年を救い出すことがないまま事件に追い込まれていったことだった。さらに少年は住民票を残したまま転居を繰り返し、行政が居場所を把握できない 「居所不明児童」 だったのだ。
少年は小学5年から中学2年まで、母親と義父に連れられ学校にも通わせてもらえないまま、ラブホテルを転々としたり野宿をしたりして生活していた。さらに、少年は両親から度重なる虐待を受け、「生活費がないのはお前のせいだ」 と責め立てられて親戚への金の無心を繰り返しさせられていたという。
事件当日も、母親から必ず金を得てくるようにきつく命じられ、祖父母宅に一人で向かわされ、借金を断られて事件を起こした。
少年の母親とは、こんな人物でした - 用もないのにホテルに泊まりたがる。決まって行くのはパチンコかゲームセンター。それとホストクラブ。産んだばかりの子供の世話を少年にまかせ、自分のしたいようにする。仕事は一切しません。すると言いながら、したためしがありません。
やっとの思いで少年が手にした現金を、屁とも思わず浪費する。悪びれず、平気な顔で、また 「金を借りて来い」 と繰り返す。面子もクソもない。したいように生きている。どこまでいっても、その繰り返し。変わろうという気配すら見えません。
※不思議だったのは、母親らしいところが一切ない母親に、「少年はなぜ、ああまでして現金を工面し続けたのか? 」 機会はあったのに、「なぜ、誰かに助けを求めなかったのか? 」 ということです。
嫌な役目を繰り返し強要され、虐待され、それでも少年は周囲の大人に助けを求めようとはしませんでした。それもあり、周囲の大人は薄々感じていても救い出すまでには至りません。事件は、そんな中で起こります。
この本を読んでみてください係数 85/100
◆山寺 香 (新聞記者)
1978年山梨県生まれ。
2003年、毎日新聞社入社。2014年4月からさいたま支局。事件・裁判担当だった同年12月に本事件の裁判員裁判を傍聴し、取材を始める。映画 『MOTHER』(主演:長澤まさみ、阿部サダヲ)の原案
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