『逢魔』(唯川恵)_書評という名の読書感想文

公開日: : 最終更新日:2024/01/11 『逢魔』(唯川恵), 作家別(や行), 唯川恵, 書評(あ行)

『逢魔』唯川 恵 新潮文庫 2017年6月1日発行

抱かれたい。触られたい。早くあなたに私を満たしてほしい - 。身分の違いで仲を裂かれ、命を落としたはずの女との、蕩けるほどに甘く激しい交わり。殿様の側室と女中が密かにたがいを慰め合う、快楽と恍惚の果て。淫らな欲望と嫉妬に惑い、魔性の者と化した高貴な女の告白。牡丹灯籠、雨月物語、四谷怪談、源氏物語・・・・・古(いにしえ)の物語に濃厚なエロティシズムを注ぎ描き出した、八つの愛欲の地獄。(新潮文庫)

ラインナップを紹介しましょう。

(1) 夢魔の甘き唇 (ろくろ首)
(2) 朱夏は濡れゆく (牡丹灯籠)
(3) 蠱惑する指 (番町皿屋敷)
(4) 陶酔の舌 (蛇性の婬)
(5) 漆黒の闇は報いる (怪猫伝)
(6) 無垢なる陰獣 (四谷怪談)
(7) 真白き乳房 (山姥)
(8) 白鷺は夜に狂う (六条御息所)

以上、8編。この上なく濃厚な話が次から次へと登場します。中の第二話、「朱夏は濡れゆく(牡丹灯籠)」より

これが、恋なのか - 。

その夜から、新三郎は毎晩、別邸を訪ねるようになった。(中略) 唇を重ねたのは三度目の逢瀬だった。柔らかな感触と甘やかな吐息に、新三郎は我を忘れそうになった。頭の奥がじんじんと痺れ、川の音も風の音も聞こえない。いや、刻さえ止まったような気がした。

舌を差し込みたいという欲求を、新三郎はようやくのことで抑えた。口を吸われるのが初めてであるのは、その固く結んだ唇でわかる。急ぐまい。露はまだ知らない。新三郎の袴の下で固く屹立しているものが何なのかさえも - 。新三郎はひしと、ただひしと露を抱き締めるばかりだ。

旗本のひとり娘である露。一方、新三郎は名もなき一介の浪人。その時代にあって何があろうと許されない仲の二人は、それゆえなお一層逢いたいと胸を焦がします。一線を越えればどんな結末が待っているのか、わかりながらも逸る気持ちを抑えられないでいます。

しばらくの後。

もう気持ちの昂りは抑えようもなかった。ふたりは床に入り、長く唇を重ね合わせた。やがて、新三郎は片方の手で襦袢の紐を解き、襟を開いて露の乳房に触れた。まだ熟れきっていない果実のような弾力が、手のひらに返って来る。

露は一瞬、身を硬くしたが、指先で触れると、小さな乳首が尖るのがわかった。ため息とも、あえぎともつかぬ露の声が新三郎の耳に届いた。やがて、新三郎は露の襦袢の裾を割った。滑らかな肌はしっとりと湿り気を帯びている。

ここまで来れば、あとはもう先へ先へと・・・・。ところが、まだ露は生娘。新三郎は慎重の上にも慎重に事を進めます。

「新三郎さま・・・・」
羞恥のせいか、露が不安の滲んだ声をもらした。

新三郎の指は、時間をかけて秘所まで辿り着いた。淡淡とした恥毛を分け入ってゆき、小さな突起を探り当てる。柔らかく愛撫すると、ああ、と、露の口からため息がこぼれた。突起は固く尖ってゆき、露の身体がほのかに波打っている。

新三郎は玉門に指を移した。しかし、そこはまだわずかな潤いしかなかった。露にとって初めての床入りである。その初々しい反応に、ますます愛しさがつのってゆく。新三郎は身体を放し、露の膝を割って、その奥へと顔を近づけた。

「そんな・・・・」
露の驚く声。構わず、新三郎は舌を這わせた・・・・・

- と、まあ、こんな具合なわけです。

濃厚で執拗で、繰り返しこんな場面が出ては来ますが、不思議と欲情しません。それより何より文章が上手すぎて感心する方が先に立ちます。滑らかなのに絆されて、ついつい次が読みたくなります。

この本を読んでみてください係数 85/100

◆唯川 恵
1955年石川県金沢市生まれ。
金沢女子短期大学(現金沢学院短期大学)卒業。

作品 「海色の午後」「肩ごしの恋人」「愛に似たもの」「ベター・ハーフ」「100万回の言い訳」「とける、とろける」他多数

関連記事

『田舎でロックンロール』(奥田英朗)_書評という名の読書感想文

『田舎でロックンロール』奥田 英朗 角川書店 2014年10月30日初版 これは小説ではありませ

記事を読む

『色彩の息子』(山田詠美)_書評という名の読書感想文

『色彩の息子』山田 詠美 集英社文庫 2014年11月25日初版 唐突ですが、例えば、ほとん

記事を読む

『とかげ』(吉本ばなな)_書評という名の読書感想文

『とかげ』吉本 ばなな 新潮社 1993年4月20日発行 注:この小説が発刊された時点での表記は

記事を読む

『渦 妹背山婦女庭訓 魂結び』(大島真寿美)_書評という名の読書感想文

『渦 妹背山婦女庭訓 魂結び』大島 真寿美 文春文庫 2021年8月10日第1刷

記事を読む

『赤へ』(井上荒野)_書評という名の読書感想文

『赤へ』井上 荒野 祥伝社 2016年6月20日初版 ふいに思い知る。すぐそこにあることに。時に静

記事を読む

『おるすばん』(最東対地)_書評という名の読書感想文

『おるすばん』最東 対地 角川ホラー文庫 2019年9月25日初版 絶対にドアを開

記事を読む

『いのちの姿/完全版』(宮本輝)_書評という名の読書感想文

『いのちの姿/完全版』宮本 輝 集英社文庫 2017年10月25日第一刷 自分には血のつながった兄

記事を読む

『夫の骨』(矢樹純)_書評という名の読書感想文

『夫の骨』矢樹 純 祥伝社文庫 2019年4月20日初版 昨年、夫の孝之が事故死し

記事を読む

『エヴリシング・フロウズ』(津村記久子)_書評という名の読書感想文

『エヴリシング・フロウズ』津村 記久子 文春文庫 2017年5月10日第一刷 クラス替えは、新しい

記事を読む

『噂の女』(奥田英朗)_書評という名の読書感想文

『噂の女』奥田 英朗 新潮文庫 2015年6月1日発行 糸井美幸は、噂の女 - 彼女は手練手

記事を読む

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

『オーブランの少女』(深緑野分)_書評という名の読書感想文

『オーブランの少女』深緑 野分 創元推理文庫 2019年6月21日

『揺籠のアディポクル』(市川憂人)_書評という名の読書感想文

『揺籠のアディポクル』市川 憂人 講談社文庫 2024年3月15日

『海神 (わだつみ)』(染井為人)_書評という名の読書感想文

『海神 (わだつみ)』染井 為人 光文社文庫 2024年2月20日

『百年と一日』(柴崎友香)_書評という名の読書感想文

『百年と一日』柴崎 友香 ちくま文庫 2024年3月10日 第1刷発

『燕は戻ってこない』(桐野夏生)_書評という名の読書感想文

『燕は戻ってこない』桐野 夏生 集英社文庫 2024年3月25日 第

→もっと見る

  • 3 にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
PAGE TOP ↑