『北斗/ある殺人者の回心』(石田衣良)_書評という名の読書感想文

『北斗/ある殺人者の回心』石田 衣良 集英社 2012年10月30日第一刷


北斗 ある殺人者の回心

 

著者が一度は書きたいと考えていたという《殺人者》の話は、長い連載の末ようやく完成したものです。彼の作品の中では最も長く、極めて刺激的な小説で、著者のイメージを一変させた渾身の作です。
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橋爪北斗は、誰かに抱きしめられた記憶がありません。両親から与えられるのは激しい痛みをともなう暴力のみで、北斗はそれが家族のあるべき形だと思い込んだまま成長します。両親からの折檻と服従の日々は、彼が高校生になるまで続きます。

北斗にとって恐怖の源は、父親の至高でした。至高は、絶対に自分の非を認めない人間です。徹底して自らの正しさを主張し、人に譲ることがありません。譲れば、すべてを寄越せというのが社会であり、世の中は底抜けに貪欲な奴ばかりだと至高は言います。

母親の美砂子は、至高の言動に限りなく従順です。北斗を庇えば、至高の怒りが自分へ向かうことも十分承知しています。美砂子も、至高に怯えています。美砂子が諌められると、彼女の憤りは暴力となって北斗へ向かいます。家には、北斗の逃げ場はありません。

「おまえさえ生まれなければ、私はあの人と別れることができた。」激しく打ち据えながら美砂子が吐く言葉に、北斗は深く傷付きます。望まれない子ども、生まれてきてはいけなかった子ども・・、北斗は自分を「決して幸福にはなれない子ども」だと思うのでした。

いずれ自分は至高によって殺されると思っていた北斗の転機は、高校1年生のときでした。児童福祉相談所の富岡の手引きにより、養護施設へ入所したあと日を待たずに、北斗は里子となって新しい生活を始めます。

北斗を引き取った里親は、近藤綾子という63歳の女性でした。22年前に夫と死別、子どもがいない綾子にとって、北斗は4人目の里子です。綾子との生活で、ようやく北斗は橋爪家の呪いから解放されます。信じられないような、平穏で安らかな日々を迎えるのでした。

綾子が完治する可能性が極めて低い肝臓癌と診断されのは、北斗が大学受験に合格してまだ日の浅い頃でした。北斗の前に綾子が預かっていた里子の明日実と共に、北斗は学業を投げ出して綾子を看病します。
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北斗を殺人者にした直接の動機が、「波洞水」でした。北斗が殺そうとしたのは〈生田波洞研究所〉の生田友親という男。生田は、末期の癌患者を騙して、何の効能もない水を「波洞水」と称して売り物にしている詐欺師でした。

見舞いに訪れた綾子の友人・大杉聡子が置いて帰ったのが、「波洞水」でした。聡子は、これはありがたい物で、親戚が胃癌を直し、悪性の腫瘍が消滅したと言います。綾子は副作用が和らぐ気がすると言い、美味しいと言って、高価な「波洞水」を飲み続けます。

聡子が訪れて「波洞水」がまがい物だったと謝罪したのは、綾子が亡くなる間際のことでした。どうせなら、綾子が知らないままでいてほしかったと思う北斗です。失意のうちに死を待つばかりの綾子を前にして、北斗の殺意は決定的なものになります。
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結果として、北斗の目的は未遂に終わります。生田は、すでに逮捕された後でした。行動を予見した警察に捕えられて、北斗は激しく慟哭します。復讐の機会を失った上に、事の成り行きとは言え、このとき彼はすでに2人の女性の命を奪っていたのでした。

拘置所で1年を過ごした後、北斗は横浜地方裁判所で裁判員裁判に臨むことになります。殺人者となるまでの経緯も読みごたえがありますが、やはり最大の山場は逮捕後だと思います。国選弁護人・高井との出会い、そしてラストに至る裁判のシーンです。

北斗は、虐待の事実を他人に知られるのが何より嫌でした。虐待が明かされるくらいなら、無駄な裁判などせずにさっさと死刑にしてほしい。虐待を受けた辛い過去があるからといって、それで罪が軽減されるのは間違っていると北斗は考えています。

北斗の心に深く刺さって抜けないのは、自分は世の中に存在すべき人間ではないという思いです。両親に邪魔者扱いをされた上に、あの異常な暴君だった父・至高の血を受け継いでいる自分に人並みに生きる資格はないという思いから抜け出せないでいます。

児童福祉相談所の富岡は、北斗の殺人行為を「形を変えた自殺」だと言います。弁護人の高井は減刑を勝ち取ろうと必死で、明日実は北斗に生きろと叫びます。しかし、北斗には援護の言葉が届きません。彼はひたすら、「自分を罰して死ぬ」ことだけを考えています。

 

この本を読んでみてください係数 85/100


北斗 ある殺人者の回心

◆石田 衣良
1960年東京都江戸川区生まれ。本名は石平庄一。
成蹊大学経済学部卒業。

作品「池袋ウエストゲートパーク」「娼年」「骨音」「4TEEN」「眠れぬ真珠」「余命1年のスタリオン」「水を抱く」他多数

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