『楽園の真下』(荻原浩)_書評という名の読書感想文
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『楽園の真下』(荻原浩), 作家別(あ行), 書評(ら行), 荻原浩
『楽園の真下』荻原 浩 文春文庫 2022年4月10日第1刷
「日本でいちばん天国に近い島」 が地獄になる 巨大カマキリ来襲!
“日本でいちばん天国に近い島” 「志手島」 は多くの自殺者が発見され、「死出島」 とも呼ばれている。その島で巨大なカマキリが見つかったというニュースを聞いたフリーライターの藤間は現地へ。なぜ自殺者が続くのか? なぜカマキリは巨大化したのか? そしてさらなる悲劇が - 。読み始めたら止まらないパニック・ホラー長編。(文春文庫)
ロイコクロリティウム (作中ではロイコクロリディウム) という寄生虫がいる。カタツムリなどの触角に寄生する吸虫の仲間で、宿主のカタツムリの行動を制御し、日なたに出て鳥に食われやすくする。寄生されたカタツムリの、うにょうにょと動く触角はまるでイモムシのようで、鳥はそれをつついて食べる。吸虫は鳥のおなかの中で成長し、卵がでてきて糞と一緒に排泄される。それをカタツムリが食べて・・・・・・・という風に吸虫の生活環がまわっていく。
こういう寄生虫がいることを頭のすみに置いておいて、さて、この小説だ。本書の主人公はカマキリである。日本の南方にある志手島 (してじま)。そこへ行く船が週に何便もあるわけではない、絶海の孤島。観光業で持っている、いわば楽園の島だ。そこで、全長17センチという大きなカマキリが見つかる。その取材に、フリーライターの藤間が送り込まれる。が、それと同時に、この小さな島で、水死による自殺がやたらに多く報告されている。実は藤間は、その自殺の方に興味が向いていて・・・・・・・というお話。
島にはいろいろとおもしろい人物がいるが、話の中心で藤間の相棒となるのは、某大学の野生生物研究センター長の秋村先生だ。教授ではなく准教授。真っ黒に日焼けした女性である。この人の知識と創意工夫と機転がすごくて、カマキリは、だんだんにその脅威の全貌が明らかにされていく。とても17センチなんて可愛いもんじゃない。最後の方では、1メートルを超す巨大カマキリとの一騎打ち。まるで、昔の映画の 「エイリアン」 みたいだ。
なぜこんな巨大カマキリができたのか、害があるなら撲滅すればよいのか? カマキリと自殺の関係は、先の吸虫がヒント。カマキリとの活劇の裏で、生態系に関していろいろ複雑な問題を考えさせられる。この作者独特のユーモアにあふれ、飽きさせない。読み終わると、どうも続編があるように思えてならず、期待が高まる。(長谷川眞理子/朝日新聞:2019年10月12日掲載)
530ページ余りある長編ですが、スリリングな展開と軽妙な語り口であっという間に読めてしまいます。
当初目当てだった “巨大カマキリ” は17センチ程度 (これでもかなりな大きさですが) のものだったのですが、実物の捕獲を目指して捜索を始めると、出てくるわ出てくるわ、あの程度の大きさで驚いていた自分は何だったのだろうと思うくらいの巨大で獰猛なカマキリが至るところに出没し、容赦なく人を襲います。
冗談のようですが、暴徒と化した巨大カマキリの襲撃は本当に恐ろしい。実際、人が死にます。そして 死ぬといえばもうひとつ、「吸虫」 の存在を忘れてはいけません。
※ヒント:カマキリに関する 「吸虫」は、吉村萬壱の芥川賞受賞作品に登場し、本のタイトルにもなっています。
この本を読んでみてください係数 85/100
◆荻原 浩
1956年埼玉県大宮市生まれ。
成城大学経済学部卒業。
作品 「オロロ畑でつかまえて」「明日の記憶」「金魚姫」「誰にも書ける一冊の本」「砂の王国」「噂」「二千七百の夏と冬」「海の見える理髪店」「海馬の尻尾」他多数
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