『玉瀬家の出戻り姉妹』(まさきとしか)_書評という名の読書感想文

『玉瀬家の出戻り姉妹』まさき としか 幻冬舎文庫 2023年9月10日初版発行

まさきさん、なんちゅう本を書かれたのですか。どっぷりはまって、抜け出せない。- にしおかすみこ (お笑い芸人)

そうだ、実家に帰ろう。

澪子は41歳。夫に浮気されバツイチ引きこもり中。ある日、売れっ子イラストレーターとして活躍中の姉が金の無心にやってきて、流れで一緒に実家に出戻ることに。そんな訳あり姉妹を母は他人事と知らぬ顔。女三人の侘しい実家暮らしが始まるが、ある夜、“男“ の視線を感じて目が覚めて - 。帰ればそこに家族がいて居場所がある。実家大好き小説誕生。(幻冬舎文庫)

玉瀬家の女主人、和子は現在72歳。夫が女をつくって家を出ていったのは、澪子が小学六年生になったときでした。以後、彼女は女手一つで家族を支え、今もカラオケ喫茶を営んでいます。

姉の香波は、夢を叶えるために東京へ行きました。但し、夢が実現したかどうかはわかりません。彼女は二度の離婚を経験しています。

澪子は、実家がある札幌からJRだと四時間、車なら五、六時間はかかる、名所も名物もない北海道の田舎町で暮らしています。結婚して15年。思い描いた暮らしは叶わぬままに、夫の清志にも愛想をつかされ、致し方なく離婚を決意します。時の彼女の心境はと言いますと、

清志のことなんかもう好きじゃない。とっくに心は離れていた。別れるときも悲しみの感情はなく、惰性で読んでいた本を閉じる感覚だった。

それなのにあの夜、清志の生活が何不自由なく継続していることに打ちのめされた。わたしと別れた彼は、わたしを失っただけにすぎなかった。彼にはいままでどおりの生活がある。どこへでも行けるし、会いたい人と会い、笑ったりしゃべったりできる。

その真裏に、そうできない自分が見えた。清志と別れただけなのに、人生の土台を根こそぎ引き抜かれたようだった。仕事もお金もないし、行きたい場所も行ける場所もない。会いたい人も、一緒に笑う相手もいない。これから先、なんのために、どうやって生きればいいのかわからなかった。(本文より)

この澪子の独白に、「そこまで悲観的にならなくても・・・・・」 と思う人がいるかもしれません。そういう女性 (ひと) は大丈夫。問題は、澪子の心の声に 「激しく共感する」 という人が きっといる、という偽らざる現実です。

彼女は決して多くを望んだわけではありません。ただ、自分を支えてくれるであろう伴侶の存在を、あまりに鵜呑みに、過信していたふしがあります。自身の非力を思うがゆえに、訳なく一方的に - 。

さて、澪子の事情云々はともかくも、

つまりは、玉瀬家の女性三人は、三人そろって全員が離婚経験者であるわけです。それぞれが過去を引きずり、今とこれからを、どう生きようかともがき苦しんでいます。とても、家族団欒どころではありません。

さらにもうひとつ。姉妹には、行方不明になったのままの兄がいます。

※登場人物の誰かをとらまえて、きっと思うことがあるはずです。私にとってまさきとしかは今最も読みたいと思う作家の一人で、読んで裏切られたことがありません。

この本を読んでみてください係数 85/100

◆まさき としか
1965年東京都生まれ。北海道札幌市育ち。

作品 「夜の空の星の」「完璧な母親」「いちばん悲しい」「熊金家のひとり娘」「ゆりかごに聞く」「あの日、君は何をした」「祝福の子供」「彼女が最後に見たものは」他多数

関連記事

『リバース』(湊かなえ)_書評という名の読書感想文

『リバース』湊 かなえ 講談社文庫 2017年3月15日第一刷 深瀬和久は平凡なサラリーマン。自宅

記事を読む

『風に舞いあがるビニールシート』(森絵都)_書評という名の読書感想文

『風に舞いあがるビニールシート』森 絵都 文春文庫 2009年4月10日第一刷 第135回直木賞受

記事を読む

『照柿』(高村薫)_書評という名の読書感想文

『照柿』高村 薫 講談社 1994年7月15日第一刷 おそらくは、それこそが人生の巡り合わせとし

記事を読む

『桃源』(黒川博行)_「な、勤ちゃん、刑事稼業は上司より相棒や」

『桃源』黒川 博行 集英社 2019年11月30日第1刷 沖縄の互助組織、模合 (

記事を読む

『誰にも書ける一冊の本』(荻原浩)_書評という名の読書感想文

『誰にも書ける一冊の本』荻原 浩 光文社 2011年6月25日初版   この小説は複数の作家に

記事を読む

『奇貨』(松浦理英子)_書評という名の読書感想文

『奇貨』松浦 理英子 新潮文庫 2015年2月1日発行 知ってる人は、知っている。・・・たぶん、

記事を読む

『太陽の塔』(森見登美彦)_書評という名の読書感想文

『太陽の塔』森見 登美彦 新潮文庫 2018年6月5日27刷 私の大学生活には華が

記事を読む

『妻が椎茸だったころ』(中島京子)_書評という名の読書感想文

『妻が椎茸だったころ』中島 京子 講談社文庫 2016年12月15日第一刷 オレゴンの片田舎で出会

記事を読む

『誰もボクを見ていない/なぜ17歳の少年は、祖父母を殺害したのか』(山寺香)_書評という名の読書感想文

『誰もボクを見ていない/なぜ17歳の少年は、祖父母を殺害したのか』山寺 香 ポプラ文庫 2020年

記事を読む

『チョウセンアサガオの咲く夏』(柚月裕子)_書評という名の読書感想文

『チョウセンアサガオの咲く夏』柚月 裕子 角川文庫 2024年4月25日 初版発行 美しい花

記事を読む

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

『ケモノの城』(誉田哲也)_書評という名の読書感想文

『ケモノの城』誉田 哲也 双葉文庫 2021年4月20日 第15刷発

『嗤う淑女 二人 』(中山七里)_書評という名の読書感想文

『嗤う淑女 二人 』中山 七里 実業之日本社文庫 2024年7月20

『闇祓 Yami-Hara』(辻村深月)_書評という名の読書感想文

『闇祓 Yami-Hara』辻村 深月 角川文庫 2024年6月25

『地雷グリコ』(青崎有吾)_書評という名の読書感想文 

『地雷グリコ』青崎 有吾 角川書店 2024年6月20日 8版発行

『アルジャーノンに花束を/新版』(ダニエル・キイス)_書評という名の読書感想文

『アルジャーノンに花束を/新版』ダニエル・キイス 小尾芙佐訳 ハヤカ

→もっと見る

  • 3 にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
PAGE TOP ↑