『最悪』(奥田英朗)_書評という名の読書感想文
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最終更新日:2016/11/06
『最悪』(奥田英朗), 作家別(あ行), 奥田英朗, 書評(さ行)
『最悪』奥田 英朗 講談社 1999年2月18日第一刷
「最悪」の状況にハマってしまう3名の人物を紹介しましょう。
川谷信次郎は、従業員二人の町工場の経営者。バブルがはじけた後、利益の薄い仕事を必死にこなして何とか経営を維持しています。そんな折、川谷は一番の得意先である北沢製作所の担当者・神田から設備投資の話を持ちかけられます。タレパンという合板金から型をくり抜く大型機械を導入したらどうかという話です。
堅実経営を続けてきた川谷は内心では断りたいのですが、神田の手前言い出せずにいます。ところが、神田は既に融資の手立てを整え、銀行の担当者までをも紹介するに及んで、遂に川谷はその気になります。
藤崎みどりは、大手都市銀行で窓口担当をしているOL。母親の違う妹が奔放なせいで逆に真面目に育ったみどりは、憂鬱ながらも休まず仕事を続けています。連休中に実施される研修会に嫌々ながら参加し、気分が悪くなったみどりを介抱するふりをして淫らな行為に及んだのは、あろうことか支店長でした。悩んだみどりは、同僚の裕子に打ち明けます。裕子は黙って辞めるというみどりをなだめ、課長代理の木田に相談してみようと提案します。
野村和也は地元の高校を中退し、実家から出て愛知で土木作業員をしていました。仲の良かった同僚が辞めたあと独りになった和也は、川崎に移り住みます。パチンコとカツアゲ、トルエンを盗んでは現金に換えて生活をしていた和也ですが、顔見知りのタカオと組んで大量のトルエンを盗んだことが大きな災いとなります。
タカオが慕うヤクザの山崎に呼び出された和也は、タカオと同様に徹底的に痛めつけられます。盗みは目撃されており、組から借りた車のナンバーを控えられていたのです。
・・・・・・・・・
大型機械を入れて売上が増えれば、娘を短大へ行かせて家族も楽ができる。川谷はそう思いながらも、神田が執拗に勧める裏には裏なりの事情があるのも分かり、いまいち気分が晴れないでいます。
みどりは木田に相談したことが予想外の展開となり、銀行内に怪文書が流れ、事実が公けになると、本店に呼び出されて理不尽な事情聴取を受けることになります。
組に迷惑をかけた落とし前をつけるために、和也はパソコンの中古屋へ侵入します。山崎へ納める現金を手に入れた和也だったのですが、今度は全てを預けたタカオに逃げられてしまいます。
悪い状況はさらに悪い状況を呼び寄せて、3人の行き場はどんどんなくなってゆきます。やがて接点のない3人は、思わぬ場所で顔を合わすことになり、そこから話は一気に終盤へと突き進んで行きます。
小さな不足や不満を抱えた3人が、気が付けば滑り止めのないスロープを下るようにして不幸のどん底へ落下していくまでの心情が丁寧かつ克明に描かれています。最悪を極めた小説ではありますが、出来栄えは間違いなく最上のエンターテイメントです。
この本を読んでみてください係数 90/100
◆奥田 英朗
1959年岐阜県岐阜市生まれ。
岐阜県立岐山高等学校卒業。プランナー、コピーライター、構成作家を経て小説家としてデビュー。
作品 「ウランバーナの森」「邪魔」「東京物語」「イン・ザ・プール」「空中ブランコ」「町長選挙」「ララピポ」「オリンピックの身代金」「ナオミとカナコ」他多数
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