『噂』(荻原浩)_書評という名の読書感想文
『噂』荻原 浩 新潮文庫 2018年7月10日31刷
「レインマンが出没して、女の子の足首を切っちゃうんだ。でもね、ミリエルをつけてると狙われないんだって」。香水の新ブランドを売り出すため、渋谷でモニターの女子高生がスカウトされた。口コミを利用し、噂を広めるのが狙いだった。販売戦略どおり、噂は都市伝説化し、香水は大ヒットするが、やがて噂は現実となり、足首のない少女の遺体が発見された。衝撃の結末を迎えるサイコ・サスペンス。(新潮文庫)
「変死体発見。駒場野公園。犯罪死体と思われる。被害者は若い女性 - 」 連絡係の男は、事実だけを早口でまくしたててから、こうつけくわえた。「同じですよ。また、やりやがった。マル害は足首がないそうです! 」
またしても目黒署の所轄内。今度は目黒区の北のはずれ、駒場東大前駅からすぐの公園だ。林試の森とよく似た場所だった。死体は小径から少し木立ちの中へ入った廃材置き場にあった。
シートの裾を上げた小暮の目に、最初に飛びこんできたのは、白い足だった。足首から先がない。赤黒い切断面が禍々しく口を開けているが、あたりに血が飛び散った痕跡はなかった。前回の事件の再現フィルムを見せられているような光景だった。(P178.179/一部省略)
物語の発端はこうです。新製品の香水「ミリエル」を売るため、企画会社がある「噂」を意図的に流そうとします。渋谷の女子高生をターゲットにモニターとして集め、練り上げた「ありもしない」ストーリーを彼女たちの頭にさりげなくインプットします。
・外国ではミリエルをつけていると3ヶ月以内に恋が叶うという。
・ニューヨークには女の子の足首を切り落とすレインマンというレイプ魔がいて、でもミリエルをつけているとなぜか襲われない。そのレインマンが今、日本にやって来ているらしい・・・・・・・、等々。
高額のアルバイト料で雇われた彼女たちは、渋谷周辺でミリエルを配りながら口コミで徐々に噂を広めていきます。インターネットによる情報操作も相まって、企画会社の目論見通り、ミリエルは大ヒット商品となります。- と、ここまでが導入部。
噂はやがて都市伝説となり、ティーンエイジの女の子を中心に拡散していきます。ところが時を置く間もなく、「レインマンの伝説」そのままに、目黒区内で女子高生の足首を切り落とし、他の部位はすべて放置するという、連続殺人事件が発生します。
事件に関わる「関係者」と「その周辺の人物」はこうです。
ミリエルの販売を手掛けるのが、小さな企画会社の「COMSITE(コムサイト)」。社長は杖村沙耶という女性で、ナンバー2が麻生という、コムサイト唯一の男性社員。杖村は独自の企画でヒット商品を連発し、今や飛ぶ鳥を落とす勢いで業界内を席巻しています。
コムサイトに対し、ミリエルの販売について企画依頼をしたのが大手広告代理店「東京エージェンシー」で、担当しているのが主任の加藤とその部下の西崎。加藤は31歳。西崎は加藤の二歳下、メーカーから転職してまだ1年の社員です。
連続殺人事件を追うのが、この物語の主人公である目黒署の刑事・小暮悠一、43歳。小暮は、本庁強行班係の女性刑事・名島と組んで、殺害された女子高生の交友関係を洗う敷き鑑捜査にあたることになります。
小暮は妻を、名島は夫を、共に亡くして子供と二人暮らしをしています。小暮には15歳の高校生の娘・菜摘がおり、名島には慎之助という5歳の息子がいます。小暮は訳あって今は所轄の巡査部長、かたや名島は本庁の警部補で、二人は全くの上下逆転関係にあります。
小暮、名島、杖村、麻生、加藤、西崎・・・・・・・、そして、彼らを大いに翻弄するのが、渋谷をねじろに昼夜街にたむろする女子高生の面々やいまどきの若者たちです。
小暮の娘・菜摘もまた例外ではありません。まさに「ちょうどその年頃」で、事件の報せが入る度、小暮は、菜摘が被害者ではないかと思わずにいられません。娘でなかったことがわかると、たとえ一瞬でも安堵した自分が、今度はとても嫌になります。
※さて、 - この小説の最大の読みどころは、最終章、第32節のたった3ページほどの部分にあります。ここをどう読み解くか、どう理解するかで、感慨は特段に違うものになります。くれぐれも読み損じないよう、注意してください。
この本を読んでみてください係数 85/100
◆荻原 浩
1956年埼玉県大宮市生まれ。
成城大学経済学部卒業。
作品 「オロロ畑でつかまえて」「明日の記憶」「金魚姫」「誰にも書ける一冊の本」「砂の王国」「四度目の氷河期」「二千七百の夏と冬」「海の見える理髪店」他多数
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