『殺人カルテ 臨床心理士・月島繭子』(大石圭)_書評という名の読書感想文

『殺人カルテ 臨床心理士・月島繭子』大石 圭 光文社文庫 2021年8月20日初版1刷

あなたの物語を聞かせてください。
どんなに残酷でも
どれほどおぞましくても
私は最後までお聞きします。

誰もが振り返る美貌と豊かな知性。クライエントへの真摯な姿勢。精神科医の資格も持つ月島繭子は、どこから見ても完璧な臨床心理士だ。だが、彼女にはもうひとつの貌があった - 。今日のクライエントは目の前で恋人に死なれた若い女性だ。打ちひしがれた彼女が語るありふれた身の上話は、やがて異様な熱を帯び始め・・・・・・・。人の心の奥底を抉るダーク・サスペンス。(光文社文庫)

目次
第一話 愛の証
第二話 ナマケモノの恋
第三話 ピンク色の女たち
第四話 墓場に持っていく話
第五話 恵まれすぎた女

著者の大石圭は、主人公である月島繭子の人生を、ある種、生まれて死に逝く者の理想として描いたのではないかと。

容姿端麗、頭脳明晰。精神科医にして、有能極まりない臨床心理士である彼女は、相談者に対しては常に丁寧かつ低姿勢で、偉ぶるところがありません。あくまで真摯なその態度に、絶大な信頼を得ています。

そんな月島繭子には、表の顔とは別に、もうひとつの貌があった - というのがこの小説のコンセプトであるわけですが、わからないのは、その 「もうひとつの貌」 が、表には一切出ることなく独立して成立しているという点です。

であるならば、何が問題なのでしょう? 彼女ほどではないにせよ、誰にも “二面性” はあります。彼女の場合、たとえそれが極端な性癖にかかるものであったとしても、一体それが何なのでしょう? 

二つある人格の落差があまりに過ぎるということに、誰か被害に遭った人でもいるのでしょうか? 

いいや、そうではありません。問題は、あくまで繭子自身の内実にあります。

※話の中味については、特に “表” の話の第三話や第四話が、(主人公の性癖云々を離れて) 相談者の話自体に考えさせられるものがありました。他作品同様、官能色濃い内容ではありますが、単にそれだけではありません。”著者六十歳” の述懐と賜物です。

この本を読んでみてください係数 80/100

◆大石 圭
1961年東京都目黒区生まれ。
法政大学文学部卒業。

作品「履き忘れたもう片方の靴」「蜘蛛と蝶」「奴隷契約」「殺意の水音」「奴隷商人サラサ 生き人形が見た夢」「殺人鬼を飼う女」「地獄行きでもかまわない」他多数

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