『猫鳴り』沼田まほかる_書評という名の読書感想文
公開日:
:
最終更新日:2017/05/11
『猫鳴り』(沼田まほかる), 作家別(な行), 書評(な行), 沼田まほかる
『猫鳴り』 沼田 まほかる 双葉文庫 2010年9月19日第一刷
沼田まほかるを知っていますか。
「沼田まほかる」という世にも珍しい名の作家の文庫本が、いきなり書店に並び出したのはそんなに昔のことではありません。
2012年に『ユリゴコロ』という小説が本屋大賞にノミネートされたことがきっかけで、多くの読者家の目に留まることになります。
書店の目立つ場所に陳列されていれば、そりゃ一度は手に取ってみますよね。なんせ「まほかる」ですもの。この人なに者?と気になる方が普通でしょ。
という、たぶん最もスタンダードな理由で私もこの人の小説を読み出しました。
ホラーサスペンス大賞の『九月が永遠に続けば』のイメージが先行して、この作品もきっと不気味で後味が悪いんだろうなと思いながら読み始めました。
断っておきますが、不気味で後味が悪いことが決して嫌いということではありません。むしろその種の小説は私の好みなのです。
が、予想はみごとにはずれました。『猫鳴り』は従来の沼田作品の作風とは一線を画し、ささやかな命を尊び静かに死を見守る物語です。
モンと名付けられた捨て猫との交流が生むヒューマンな小説と言えばよいのでしょうか。
・・・・・・・・・・・
物語は三部で構成されています。
一部は、40歳の主婦・信枝が家の近くで捨てられた仔猫の鳴き声に眉をひそめる場面から始まります。
ようやく授かった子供を流産したばかりの信枝は、仔猫があたかも生まれてこなかった子供の身代わりであるように目の前に現れたことに強い嫌悪感を抱きます。
信枝には仔猫を飼う気は毛頭なく、捨てては戻る仔猫をさらに遠くへ捨てに行こうと躍起になります。
その最中ふいに現れた風変りな少女アヤメの言動によって、結局猫を飼い始めることになるのですが、あくまでも捨てたい信枝としがみつく仔猫のリアルな描写は必読です。
二部は舞台が変わって、不登校の中学生行雄の話。行雄の心は病み、嗜虐的な志向で充満する自分を抑制できなくなっています。
一日に800円を父親から貰って暮らす行雄ですが、どうしてもペンギンを買って欲しいと再三父親にせがみます。それも皇帝ペンギンでなければ意味がない、と。
ペンギンという素材も突飛ですが、行雄が欲しがる理由が病的でまさに”まほかる的”なのです。
終盤、傷害事件の嫌疑で交番にいた行雄を引取った父親が、はじめて行雄と正対します。個人的にはこのくだりが印象深く、二部だけ独立した作品でも十分だと思います。
三部は、信枝の夫藤治が老猫になったモンの最期を看取るまでの静かな交流が描かれています。
信枝に先立たれ一人になった藤治と20年を生きてきたモンとの静かな日々。藤治は死に際のモンに自分を重ね、モンを手本にみごとに死にたいものだと思っています。
読み始めの予想とは全く違う読後感ですが、飾り気のない、まことに正当な小説を読んだという気持ちです。文句なく、良い小説です。
この本を読んでみてください係数 80/100
◆沼田 まほかる
1948年大阪府生まれ。
大阪府の寺に生まれる。85年大阪文学学校に学ぶ。離婚後、得度して僧侶となる。
会社経営等も経験、小説デビューは56歳。イヤミス(読んだ後にイヤな後味が残るミステリー)の旗手として注目される。
作品 「九月が永遠に続けば」「彼女がその名を知らない鳥たち」「アミダサマ」「痺れる」「ユリゴコロ」など
関連記事
-
-
『嗤う淑女』(中山七里)_書評という名の読書感想文
『嗤う淑女』中山 七里 実業之日本社文庫 2018年4月25日第6刷 嗤う淑女 (実業之日本
-
-
『夏の騎士』(百田尚樹)_書評という名の読書感想文
『夏の騎士』百田 尚樹 新潮社 2019年7月20日発行 夏の騎士 勇気 - それは人
-
-
『翼がなくても』(中山七里)_ミステリーの先にある感動をあなたに
『翼がなくても』中山 七里 双葉文庫 2019年12月15日第1刷 陸上200m走
-
-
『ヒポクラテスの悔恨』(中山七里)_書評という名の読書感想文
『ヒポクラテスの悔恨』中山 七里 祥伝社文庫 2023年6月20日初版第1刷発行
-
-
『この話、続けてもいいですか。』(西加奈子)_書評という名の読書感想文
『この話、続けてもいいですか。』西 加奈子 ちくま文庫 2011年11月10日第一刷 この話、
-
-
『流浪の月』(凪良ゆう)_デジタルタトゥーという消えない烙印
『流浪の月』凪良 ゆう 東京創元社 2020年4月3日6版 【2020年本屋大賞 大賞受賞作
-
-
『ナキメサマ』(阿泉来堂)_書評という名の読書感想文
『ナキメサマ』阿泉 来堂 角川ホラー文庫 2020年12月25日初版 ナキメサマ (角川ホラ
-
-
『教団X』(中村文則)_書評という名の読書感想文
『教団X』中村 文則 集英社文庫 2017年6月30日第一刷 教団X (集英社文庫) 突然自
-
-
『くちびるに歌を』(中田永一)_書評という名の読書感想文
『くちびるに歌を』中田 永一 小学館文庫 2013年12月11日初版 くちびるに歌を (小学館
-
-
『人間失格』(太宰治)_書評という名の読書感想文
『人間失格』太宰 治 新潮文庫 2019年4月25日202刷 人間失格 (新潮文庫)