『静かな雨』(宮下奈都)_書評という名の読書感想文

『静かな雨』宮下 奈都 文春文庫 2019年6月10日第1刷

静かな雨 (文春文庫)

行助は美味しいたいやき屋を一人で経営するこよみと出会い、親しくなる。ある朝こよみは交通事故の巻き添えになり、三ヶ月後意識を取り戻すと新しい記憶を留めておけなくなっていた。忘れても忘れても、二人の中には何かが育ち、二つの世界は少しずつ重なりゆく。文學界新人賞佳作に選ばれた瑞々しいデビュー作。(文春文庫)

この冬初めて雪が降ったクリスマスの日 - 今年いっぱいで会社をたたむと聞かされ、昼過ぎに会社を出た行助は、寒さ凌ぎに何か温かいものがほしいと思い、そのプレハブの、物置をひとまわり大きくしただけのようなたいやき屋に立ち寄ったのでした。

「こよみさん」 については、基本何もわかりません。どうやら頭のいい女性ではあるようですが、何歳かも、駅のそばのパチンコ屋の裏の駐車場で、若い女性が一人でなぜたいやき屋をしているのかも。

いずれにせよ、行助は彼女が焼くたいやきの美味しさにいたく感動したのでした。

薄紙にくるまれたたいやきが差し出され、小銭を数えて払った。焼き上がったばかりのたいやきは、薄紙の上からでも熱い。冷え切った両手ではさむ。家への道を歩きながら食べることにして、店の前を離れた。ひとくち食べて、あ、と立ち止まった。おいしい。もうひとくち食べてみる。なにこれ、おいしいじゃないか、ものすごく。僕は店に引き返して、閉めらていた窓を指でたたいた。ガラスの向こうで鉄板を磨いていた女の子が顔を上げた。
「これ、おいしい」
咄嗟にいえたのはそれだけだった。これじゃまるで幼児だ。二歳児の語彙だ。それでも女の子は黒目がちの目を大きく見開き頬をぱっと紅潮させて、「ありがとうございます」 といった。心底うれしそうな顔だった。(P10.11)

二人は、やがて親しく話すようになります。その矢先のことでした。

こよみさんは交通事故の巻き添えで、意識不明の重態に陥る。比喩的に死ぬ。つまり消える。こよみさんは目を覚まさない。〈僕〉 は毎日、病室に通う。こよみさんに身寄りはないらしい。そばには 〈僕〉 しかいない。〈僕〉 は “眠り姫” を、あるいは “こよみさんの死” を独占することができる。
(略)
三ヶ月と三日でこよみさんは蘇生する。大きな伸びをして、おはよう、と言う。しかし、彼女は脳の記憶を司る部位の針の先のような一点が損なわれていて、記憶は一日しか持たない。一晩眠れば消えてしまう。事故以前の記憶は無事で、普通に話し、食べて眠る。眠ると、その一日の記憶だけが消える。こよみさんの一日一日が、〈僕〉 にだけ積もる。つまり 〈僕〉 はこよみさんの記憶装置になる。これは一見、〈僕〉 の献身に映る。しかし、そうだろうか。これこそ、〈僕〉 がこよみさんを絶対支配することではないか。(後略)

世界は、我々が意識・無意識裡に祈り、願望したことが起きた出来事で充ちている。しかし、それを神の仕業として安らいでいる。毎日、失われていくこよみさんの記憶は、失うのではなく、に簒奪されるのだ。(辻原登/解説より)

簒奪される・・・・・・・??

簒奪 (さんだつ) とは、本来君主の地位の継承資格が無い者が、君主の地位を奪取すること。あるいは継承資格の優先順位の低い者が、より高い者から君主の地位を奪取する事。ないしそれを批判的に表現した話。本来その地位につくべきでない人物が武力や政治的圧力で君主の地位を譲ることを強要するという意味合いが含まれる。(wikipedia参照)

そうか。そういうことだったのか ・・・・・・・ と思うかどうか。試しに読んでみてください。

この本を読んでみてください係数 85/100

静かな雨 (文春文庫)

◆宮下 奈都
1967年福井県生まれ。
上智大学文学部哲学科卒業。

作品 「静かな雨」「たった、それだけ」「スコーレNO.4」「田舎の紳士服店のモデルの妻」「誰かが足りない」「ふたつのしるし」「太陽のパスタ、豆のスープ」「羊と鋼の森」他多数

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