『その街の今は』(柴崎友香)_書評という名の読書感想文

『その街の今は』柴崎 友香 新潮社 2006年9月30日発行


その街の今は (新潮文庫)

 

ここが昔どんなんやったか、知りたいねん-。28歳の歌ちゃんは、勤めていた会社が倒産し、カフェでバイトをしている。初めて参加したのに最低最悪だった合コンの帰り道、年下の良太郎と出くわした。二人は時々会って、大阪の古い写真を一緒に見たりするようになり-。過ぎ去った時間やささやかな日常を包みこみ、姿を変えていく大阪の街。今を生きる若者の日常を描く、暖かな物語。芸術選奨文部科学大臣新人賞、織田作之助賞大賞、咲くやこの花賞の三賞受賞。(「BOOK」データベースより)

これは、ちょっと玄人好みの小説なのかも知れません。大きな賞を3つも受賞した上に芥川賞の候補にもなっている作品なので良い小説であるのは間違いないのですが、日頃あまり小説を読まない人が読んだりすると、少々物足りなさが残るのではないかと思うのです。

それくらいストーリーが平坦で、大きな起伏がありません。と言うか、書き様によっては起伏だらけになるところを、敢えてそうではない風に書いている - そう言った方がいいかも知れません。その企てを知った上で、吟味しなければなりません。
・・・・・・・・・・
話の大きな目玉は2つあって、1つは主人公である歌ちゃんの恋の行く末です。まず、彼女には鷺沼さんという年上の恋人がいます。いや、残念ながら、今となっては「いました」と過去形で言った方がいいかも知れません。

詳しい事情は分かりませんが、2人の仲が多少ぎくしゃくなるのと時を同じくして、鷺沼さんは別の女性と結婚してしまいます。歌ちゃんは、おそらくそのことで怖ろしく動揺もしたはずなのですが、こんな風に心で思って自分を納得させています。

鷺沼さんは、瞼の薄い一重の目でわたしを見た。昨日も会っていたような笑顔で、最初にこの店で客同士として会ったときも、こんな顔をしていたというか、わたしを部屋に泊めようが誰かと結婚しようが変われへんのや、と思った。

鷺沼さんのことに多くのページが割かれているわけではありませんが、歌ちゃんが今でも彼に惹かれている様子がよく分かります。鷺沼さんはいかにも大人の優しげな男性ですし、
歌ちゃんはやっぱり彼のことが好きで忘れることができないのです。

そんな中で、彼女は良太郎と出会います。変な先入観を持たせるようなことを言ってしまいますが、(時節柄、頭のどこかでこの人のことを意識しているからだと思うのですが)この良太郎が、私にはピースの又吉直樹に思えて仕方ないのです。

歌ちゃんと出会ったときの良太郎は、紺色の古着っぽいTシャツと裾のすり切れたジーンズ、玄関にあったのを適当につっかけてきた感じの黒いサンダルという、その恰好もそうですが、ぼそぼそと自信なさげに喋る風情が又吉そのままに感じてしまうのです。

ま、それはよいとして、良太郎は25歳、歌ちゃんより3つ年下の青年です。消費者金融の集金係りという、ちょっと変わったアルバイトをしています。歌ちゃんは最初、怪しいヤミ金の取立て屋ではないかと疑うのですが、良太郎がしているのは至極真っ当な仕事です。

2人は偶然行き合った飲み会で盛上がり、いつしか歌ちゃんは良太郎とばかり話すようになり、気付くとべったりくっついて、最後はつき合うことになりました -- と言ったらしいのですが、彼女には確かな記憶がありません。しこたま飲んで、酔っ払っていたのです。

おそらく良太郎も似たような状態で、翌日2人は会う約束をしているのですが、改めて顔を合わせた2人は何ともぎこちなく、まるで初対面のようなありさまです。そんな「劇的感」のかけらもない、それなりな感じで、2人はつき合い始めることになります。

その「何でもなさ」がリアルで、「ああ、現実はこんなもんなんや」と納得させられてしまいます。わざとらしいところが微塵もなくて、素直に頷いてしまうのです。その上、歌ちゃんと良太郎が上手くいけばええのになあ、と思ってみたりするのです。
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さて、もうひとつの目玉ですが、それはこの小説が大阪を舞台にした「街小説」であるという点です。例えば、こんな情景描写が随所に出てきます。

そのまま自転車と原付を押して御堂筋へ出た。銀杏並木は葉が重そうなほど緑色に茂っていて、その向こうに「はり重」と松竹座が見え、・・(中略)・・。戎橋の架け替えと川岸の遊歩道を作るための工事で、御堂筋の東側から向こうは、白いボードで覆われていた。
道頓堀川や戎橋の代わりに、黄色いクレーンの上のほうがいくつか見えた。手前の道頓堀橋の上にも道頓堀の通りにも、暑そうに黒く光る頭がたくさん歩いていく。信号が変わると、全部南を向いている車が、待ちかまえていたようにいっせいに動き出した。

歌ちゃんは大阪の古い写真を集めていて、大阪の今と昔を比べてみるのが楽しいと言います。それを聞いた良太郎は、四天王寺の縁日やわざわざ滋賀まで出かけて、4、50年前の心斎橋付近の写真やら中古のレコードを彼女にプレゼントします。

日々姿を変えていく大阪の街を語らいながら、歌ちゃんと良太郎は少しずつ互いの距離を縮めていきます。2人の若者はらしいし、大阪の街の景色もいいのですが、歌ちゃんがなぜそんなに古い写真が好きなのか、その理由をもう少し丁寧に書いて欲しかった。そこだけが、ちょっと残念なところです。

 

この本を読んでみてください係数  80/100


その街の今は (新潮文庫)

◆柴崎 友香
1973年大阪府大阪市大正区生まれ。
大阪府立大学総合科学部国際文化コース人文地理学専攻卒業。

作品 「きょうのできごと」「次の駅まで、きみはどんな歌をうたうの?」「青空感傷ツアー」「フルタイムライフ」「また会う日まで」「寝ても覚めても」「春の庭」他多数

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