『赤頭巾ちゃん気をつけて』(庄司薫)_書評という名の読書感想文
公開日:
:
最終更新日:2024/01/12
『赤頭巾ちゃん気をつけて』(庄司薫), 作家別(さ行), 庄司薫, 書評(あ行)
『赤頭巾ちゃん気をつけて』庄司 薫 中公文庫 1995年11月18日初版
女の子にもマケズ、ゲバルトにもマケズ、男の子いかに生くべきか。東大入試を中止に追込んだ既成秩序の崩壊と大衆社会化の中で、さまよう若者を爽やかに描き、その文体とともに青春文学の新しい原点となった四部作第一巻。芥川賞受賞作。(中公文庫)
初出は1969年8月。単行本の帯には、三島由紀夫のこんな言葉があります。
庄司薫氏の『赤頭巾ちゃん気をつけて』は、才能に溢れた作品で、深沢七郎氏の『東京のプリンスたち』を思はせる。過剰な言葉がおのづから少年期の肉体的過剰を暗示し、自意識がおのづからペーソスとユーモアを呼び、一見濫費のごとく見える才能が、実はきわめて冷静計画的に駆使されてゐるのがわかる。
『若さは一つの困惑なのだ』といふことを、全身で訴えてゐる点で、少しもムダのない小説といふべきだらう。
薫クンは、如何なるスチュエーションにおいても冷静さを欠くということがありません。思慮深く賢明で、何よりも礼節を重んじる、(周囲の大人たちにすれば)珍しく「よくできた」高校生。きわめて礼儀正しい青年なのです。
そんな彼が、「特にひどかったこと」として(去年の暮れに参加した)乱痴気パーティーを思い返す場面があります。
その時は十何人か来た女の子のうち、一人を除いてみんな酔っ払ってあちこち脱ぎ散らかしてはえらい騒ぎだったのですが、薫クンはといえばどういうわけか全然タタないで、一人だけ脱がないでいるジャズ歌手の卵の女の子とずっとアストラッド・ジルベルトの話やなんかをしています。- そして、なんていうのだろう、こういうのは、と彼は考えます。
例えば、リズムエンドブルースなんかの猛烈な騒音にシビれ、酒を飲んで踊り狂い、それから「ハプニング」的にセックスするなどといっても、そういう男の子や女の子たちをほんのちょっとでもよく見ると、どうもサマになっていないような感じがします。
そういう男の子や女の子が、自分では確かに最も新しくてカッコいいことをやっていると思いながらも、実は本人自身が何となく信じきれないというか、本当はちっとも楽しくないんだというようなことが、何となく悲しくなるようにはっきりと伝わってくるような気がして、そうなると(薫クンは)もうダメになってしまうのです。
そういう連中の中には決まって年嵩の教祖みたいなのがいて、「オレたちは不幸なんだ」とか怒鳴って、そういう乱痴気騒ぎによってこそ「オレたちはオレたちの実存を、その孤独と荒廃を確認できるんだ」などと教えてくれるのですが、これも何となく変に思えます。
薫クンに言わせるなら、そうやって暴れたり女の子の身体に触っていないと確認できない実存などというものは、どうも大したことがないような気がします。そんなことで確認できる実存とか孤独というのはちょっと簡単すぎてつまらないのではないかと・・・・
そうは言いながら、薫クンは決して乱痴気パーティーが嫌いなわけではありません。むしろ本当に面白いと思い、誘ってくれる友達への義理だけでなく、自分から進んでよく参加もします。(かなり趣は違うのですが)好奇心だけは人一倍にあるわけです。
結局薫クンが最後まで「ヤラない」で終わると、友達はえらく深刻に心配して、「フノーなのかおまえは? 」などと言います。薫クンは、友達には気付かれない程度の嘘を言って誤魔化し、また別のことを思い出します。
自分がまるで本当に「フノー」になったみたいにひそかにだめになってしまう時、薫クンはふっと(幼なじみで限りなく「彼女」に近い)由美のことを思い出したりすることがあります。それは特別彼女に「ミサオ」をたてているといったようなことではまるでなく、
例えば、二人でお坊さんに(彼女は尼さんに)なったらどうか、などという種類の馬鹿ばかしいことをふっと考えるわけです。そう考え、そしてこれはどう見てもやっぱり相当に変かもしれないなどと、また思ったりもします。
小説では、優れて頭の良い人間にしか思い浮かばない、(その年頃特有の)微細かつ難解な問答が饒舌に過ぎるほどに綴られています。薫クンは自らに問いかけ、真摯に答えを導き出そうとします。それはときにユーモラス、ときにはひどくまどろっこしくもあります。
その姿はまさに「さまよう若者」そのものなのですが、忘れてならないのは、彼が大学受験を控えた、かの名門・日比谷高校に通う学生であり、(学園紛争さえなければ)おそらくは何の問題もなく東大(しかも法学部)へ進学するであろう若者だという点です。
彼は悩みに悩み、ある時一人の少女と出会います。少女は「あかずきんちゃん」の絵本を買おうとしています。何種類もある絵本の中から、薫クンは少女に最も読んでほしいと思う一冊を選び出します。
そして、その別れ際 - 彼は、ようやくにして、探していたある想いにたどり着きます。
この本を読んでみてください係数 80/100
◆庄司 薫
1937年東京生まれ。
日比谷高校をへて東京大学法学部卒業。
作品 「喪失」「さようなら怪傑黒頭巾」「白鳥の歌なんか聞こえない」「狼なんかこわくない」「ぼくの大好きな青髭」他
関連記事
-
-
『アカペラ/新装版』(山本文緒)_書評という名の読書感想文
『アカペラ/新装版』山本 文緒 新潮文庫 2020年9月30日5刷 人生がきらきら
-
-
『相棒に気をつけろ』(逢坂剛)_書評という名の読書感想文
『相棒に気をつけろ』逢坂 剛 集英社文庫 2015年9月25日第一刷 世間師【せけんし】- 世
-
-
『映画にまつわるXについて』(西川美和)_書評という名の読書感想文
『映画にまつわるXについて』西川 美和 実業之日本社文庫 2015年8月15日初版 西川美和
-
-
『それを愛とは呼ばず』(桜木紫乃)_書評という名の読書感想文
『それを愛とは呼ばず』桜木 紫乃 幻冬舎文庫 2017年10月10日初版 妻を失った上に会社を追わ
-
-
『海神 (わだつみ)』(染井為人)_書評という名の読書感想文
『海神 (わだつみ)』染井 為人 光文社文庫 2024年2月20日 初版1刷発行 『悪い夏』
-
-
『月蝕楽園』(朱川湊人)_書評という名の読書感想文
『月蝕楽園』朱川 湊人 双葉文庫 2017年8月9日第一刷 癌で入院している会社の後輩。上司から容
-
-
『 Y 』(佐藤正午)_書評という名の読書感想文
『 Y 』佐藤 正午 角川春樹事務所 2001年5月18日第一刷 [プロローグ] 1980年、9
-
-
『あくてえ』(山下紘加)_書評という名の読書感想文
『あくてえ』山下 紘加 河出書房新社 2022年7月30日 初版発行 怒濤である。出口のない
-
-
『ゼツメツ少年』(重松清)_書評という名の読書感想文
『ゼツメツ少年』重松 清 新潮文庫 2016年7月1日発行 「センセイ、僕たちを助
-
-
『魚神(いおがみ)』(千早茜)_書評という名の読書感想文
『魚神(いおがみ)』千早 茜 集英社文庫 2012年1月25日第一刷 かつて一大遊郭が栄えた、