『沙林 偽りの王国 (上下) 』 (帚木蓬生)_書評という名の読書感想文

『沙林 偽りの王国 (上下) 』 帚木 蓬生 新潮文庫 2023年9月1日発行

医師・作家の著者が書いたサリン事件の全貌! 元警察庁長官 國松孝次氏解説 医者たちはいかにカルト教団のテロと闘ったのか。松本サリン事件、地下鉄サリン事件・・・・・・・医師の目で描き上げる大作!

1995年3月20日月曜日の朝、東京の地下鉄は突然、阿鼻叫喚に包まれた。複数路線での同時テロ。車内では正体不明の液体が異臭を放ち、通路で地上で人々は次々と倒れた。毒物はサリン。その治療法を熟知していたのは九州大学医学部だった。九大チームは、前年の松本サリン事件でいち早く毒物を特定、捜査方針に大きな疑問を呈していたのだ・・・・・・・。医師で作家の著者にしか描けないオウムの全貌。(新潮文庫/上巻) 

参考:サリンを台湾語では 「沙林」、オウムは 「歐姆」 と表記します。

オウム真理教の教祖・麻原彰晃が企んだのは、宗教の名を借りた容赦ない殺戮でした。毒物の名は 「サリン」。不可解な事件が連続して起こり、何人もの人間が犠牲になって、人ははじめてその狂気を知るに至ります。

年が明けて1995年の元日、読売新聞を見て、腰を抜かさんばかりに驚いた。

山梨県上九一色村で昨年7月、異臭騒ぎがあり、山梨県警などがにおいの発生源とみられる一帯の草木や土壌を鑑定した結果、自然界にはなく、猛毒ガス・サリンを生成した際の残留物質である有機リン系化合物が検出されていたことが、31日明らかになった。

この化合物は、昨年6月末に長野県松本市で7人の犠牲者を出した松本サリン事件の際にも、現場から検出されており、その直後に同村でもサリンが生成された疑いが出ている。

名前など聞いたこともない上九一色村は、本栖湖の東南、富士山麓に広がる村らしい。地図で確かめると、隣接県とはいえ松本とは相当離れている。どうしてそんな場所でサリンが検出されたのか、首を捻るしかなかった。

上九一色村にオウム真理教の道場があることを知らされたのは、1月5日の朝刊各紙によってだった。毎日新聞は次のように伝えた。

サリンの残留物と同一化合物が検出された山梨県上九一色村に道場を持つ宗教団体 「オウム真理教」 の信者18人が4日、サリンなどの毒ガスを噴射されたとして、道場近くの工場経営者を殺人未遂罪で告訴した。長野県松本市の 「サリン事件」 直後の昨年7月、同村では異臭騒ぎが起き、住民らが 「異臭はオウムの施設から流れてきた」 と指摘していた。

- 告訴人の代理人は宗教法人オウム真理教の幹部、大阪弁護士会所属の青山吉伸弁護士で、1月4日、東京都内で記者会見して発表していた。告訴人はオウム真理教の信者18人で、昨年春頃から、上九一色村の信者に湿疹や目の刺激痛など、毒ガスによる症状が出始めたという。代理人の説明は、「ロシア製毒ガス検知器によって、サリンなどの毒ガスが原因であると分かった」 となっていた。

(この期に及んで) 主客転倒も甚だしい。しかも言ったのは弁護士です。信じられません!

読んで首をかしげた。なぜ宗教団体が、ロシア製とはいえ毒ガスの検知器を持っているのか。

テレビでは、どの局でも短いニュースの中で、オウム真理教の道場の映像を流した。宗教道場とはとても思えない、粗雑な化学プラントそのものだった。(本文より)

※本作では、 使用された毒物の成分分析と生成した物の特定、接触または吸収した場合に被るであろう被害やその症状、対処すべき治療法などを事件毎に詳細に、細大漏らさず、さらには過去に使用された化学兵器や細菌兵器の類似例までもが縷々記されています。(その量の膨大さ、一々の事例の克明さと範囲の広さは、巻末の主要参考文献一覧をご覧ください! )

サリンとは】 サリンは致死性の高い化学兵器で、タブン、ソマン、VXとともに神経剤に属する有機リン系の化学物質である。無色、無臭の液体であり、蒸発しやすい。通常、呼吸器 (特に上気道) を通して吸収される。皮膚からも吸収される。吸収されたサリンはコリンエステラーゼと容易に結合し、その作用を失わせる。全身にアセチルコリンが過剰に蓄積するため、多彩な症状が出現する。中毒症状は急激に出現する。(本文より/一部削除)

麻原彰晃が起訴された事件】 ① 地下鉄サリン事件 ② 落田耕太郎氏殺害 ③ 麻酔薬密造 ④ 松本サリン事件 ⑤ 假谷清志氏監禁致死 ⑥ 坂本弁護士一家殺害 ⑦ 田口修二氏殺害 ⑧ LSD密造 ⑨ メスカリン密造 ⑩ 覚醒剤密造 ⑪ 自動小銃密造 ⑫ サリン量産計画 ⑬ 濱口忠仁氏VX殺害 ⑭ 水野昇氏VX襲撃 ⑮ 永岡弘行氏VX襲撃 ⑯ 冨田俊男氏殺害 ⑰ 滝本太郎弁護士襲撃  以上17件 

この本を読んでみてください係数 85/100

医師たちが目の当たりにした地下鉄サリンの犠牲者・被害者たちの症状は、戦慄すべきものだった。約二か月後、教祖逮捕。公判が始まった。次々に明らかになる殺害事件の詳細、洗脳の恐怖、化学兵器の数々。教団の闇に迫った医師はついに証人尋問に臨んだ。精確で豊富な医学の知見と毅然とした態度で - 。未曾有の事件の端緒から終結まで、医師として関与した目で描き上げた類を見ない大作。(下巻)

◆帚木 蓬生
1947(昭和22)年福岡県生まれ。
東京大学仏文科卒業後、TBSに勤務。2年で退職し、九州大学医学部に学ぶ。精神科医。

作品 「三たびの海峡」「閉鎖病棟」「逃亡」「水神」「ソルハ」「蠅の帝国」「蛍の航跡」「日御子」「守教」「白い夏の墓標」他多数

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