『雨の中の涙のように』(遠田潤子)_書評という名の読書感想文

『雨の中の涙のように』遠田 潤子 光文社文庫 2023年8月20日初版第1刷発行

雨に溶けていく、罪もけがれも - 。雪の鉄樹の名手が紡ぐ連作短編集。

一編一編が実にうまく、たっぷりと読ませることは最初に書いておく。問題は、心温まる話が多いことだ。なんだか遠田潤子らしくない。(北上次郎 「本の雑誌」 2020年11月号)

彼を思い出すのは、決まって雨の日だった。美しく才能に溢れ、出会う人すべてを魅了してしまう、芸能人の堀尾葉介。葉介と意外な形で関わり合う人々は知らぬうちに、皆その人生を変えられていく。そして葉介自身の苦悩もやがて - 。雨の降るいくつもの情景の中で、悶え苦しみながら生きる人々の罪やけがれが溶けていく。哀切と意外性に満ちた傑作連作短編集。(光文社文庫)

久しぶりに遠田潤子の小説を読みました。確かに、私が今まで読んだ何冊かとはまるで違う空気を纏っています。どちらがよいかどうかはわかりません。少し優しくなった気がします。

本書は第一章から最終章まで八つの章で構成されており、視点人物はそれぞれ異なる。例えば第一章 「垣見五郎兵衛の握手会」 の主人公は、愛媛県大洲市で印章店を営んでいる中島伍郎。彼はかつて、京都で時代劇俳優を目指していた過去がある。同じ夢を持つ小桜しのぶと同棲していたが、ある出来事がきっかけで別れてしまった。そして現在、彼は雑誌に載った写真で、しのぶの娘らしき少女がアイドルとしてデビューしていることを知る・・・・・・・。

また、第二章 「だし巻きとマックィーンのアランセーター」 の主人公・小西章は、群馬県で鶏卵店を営んでいる。彼は編物講師の内藤百合という女性と見合いをすることになったが、過去のある出来事が原因で、百合との交際に積極的になれないでいる。

各章の主人公たちは暮らす場所も職業も多種多様だが、共通点があるとすれば生き方が不器用なところだろう。過去を引きずり、薄闇のような悩みや苦痛を抱えながら生きてきた男たち。

彼らの物語は一見互いに独立しているようだが、読み進めてゆくと、どの章にも堀尾葉介という芸能人が登場することに気づくだろう。例えば第一章では、中島伍郎がかつて時代劇の所作を教えた相手として。また第二章では、小西章の実家である鶏卵店をロケで訪れたアイドルとして。

やがて、作中には葉介の家族も登場するようになる。例えば第三章 「ひょうたん池のレッド・オクトーバー」 では、小学生時代の葉介を知る主人公の村下九月が、その母である佐智に、人妻と知りつつも惹かれてしまう。

また、第四章 「レプリカントとよもぎのお守り」 では、主人公の横山龍彦が恋人の志緒と一緒に経営しているレストランの常連となった老夫婦が、葉介の親であることが判明する・・・・・・・といった具合に、読み進めるうちに、最初は曖昧だった葉介の人生の軌跡が、ジグソーパズルの空白を埋めるように少しずつ明らかになってゆくのだ。(解説より)

堀尾葉介は、十四歳でアイドルグループのメンバーとしてデビュー、二年後には爆発的に売れ出すも、一から演技の勉強をするために二十二歳でグループを脱退し、その後、誰もが知る演技派俳優として大成します。頭抜けた容姿と才能に恵まれ、華々しい立場にもかかわらず驕ったところが微塵もありません。男女を問わず皆に愛される、理想的な人物として描かれています。

では、彼はなぜ 「この物語」 に登場したのか? する必要があったのか・・・・・・・。答えは簡単です。彼もまた、この物語の主人公だからです。

この本を読んでみてください係数  80/100

◆遠田 潤子
1966年大阪府生まれ。
関西大学文学部独逸文学科卒業。

作品 「月桃夜」「カラヴィンカ」「アンチェルの蝶」「お葬式」「あの日のあなた」「雪の鉄樹」「蓮の数式」「オブリヴィオン」「冬雷」「廃墟の白墨」他

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