『緑の毒』桐野夏生_書評という名の読書感想文
『緑の毒』 桐野 夏生 角川文庫 2014年9月25日初版
先日書店に行ったとき、文庫の新刊コーナーでこの本を見つけました。
桜木紫乃の解説も読みたかったのでつい買ってしまいましたが、家に帰ってみると本棚には単行本がきっちりあるではないですか。
私、文庫の場合結構あるんですよね、こういうこと。少し読めば気付くのに、自分の記憶を過信してよく確かめもせずに買ってしまうこと。
要は忘れているわけです。買ったことも、内容のあらかたも...。だから、めげずにこの際読み直すことにしました。
浮気をする妻への嫉妬、研究者や勤務医に対するコンプレックスを解消するために、39歳の開業医・川辺康之は何度もレイプを繰り返していました。妻カオルが不在になる水曜日の夜ごとに、見知らぬ女性の部屋へ侵入してはセレネース注射で昏睡させて犯す行為を止めることができません。逮捕される恐怖も犯行を重ねるごとに薄れ、更なる欲望が増すばかりです。
一方、被害者の女性たちは事実が公になるのを恐れて口を閉ざしたままでしたが、一人の女性のネットへの書込みから他にも同様の被害者がいることが分かってきます。ネット上の情報交換を続ける内に被害状況がすべて酷似していることも判明します。やがて犯人が医療従事者ではないかという疑念が膨らみ、それが確信に取って代わるのに多くの時間はかかりませんでした。川辺康之の破滅は、もう目の前まで迫っていました。
妻のカオルと浮気相手で医師の玉木、川辺が経営するクリニックの女性スタッフが脇を固めているのですが、猟奇的な犯罪のすぐ近くにいる人間の過敏さとか不穏な予兆の気配をもっと色濃く書いて欲しかったと思います。事件の周辺にいる第三者が犯罪の気配を感じ事実に迫るディテールは読ませどころだと思うのですが、そこが浅いと言うか粗いと言うか。
若作りでブランド志向、スニーカーのヴィンテージマニアという川辺の造形もさほどのことはなく、おぞましいレイプ魔だからこそ持ち合わせる毒のある嗜好の持ち主であって欲しかったし、スタイリッシュな川辺と頓着のない玉木との比較も安易で玉木自身をも台無しにしている感があります。
ひょっとして、、、ひょっとして桐野さん、「男性」を書くのが苦手なのかしら?
文庫の裏には「底なしの邪心の蠢きと破壊された女性たちの痛みと闘いを描く衝撃作」という解説文が載っています。嘘だとは言いませんが、解説ほどに衝撃的ではありませんでした。
失礼ですが「桐野さん、どうしたの?」と言いたいくらい、最後まで「衝撃不足」のままでした。
かつて寝るのも忘れて読み耽った「桐野夏生ワールド」..燻る情念、周到な筋書、曖昧を許さない冷徹な視線、あの『顔に降りかかる雨』や『OUT』『柔らかな頬』などで描かれた世界を経験した者にとっては、残念ながら不満の残る作品でした。
この本を読んでみてください係数 50/100
◆桐野 夏生
1951年石川県金沢市生まれ。父親の転勤で3歳で金沢を離れ、仙台、札幌を経て中学2年生で東京都武蔵野市に移り住む。
成蹊大学法学部卒業。24歳で結婚。シナリオ学校へ通い、ロマンス文学やジュニア文学、漫画の原作などを手がける。
作品 「愛のゆくえ」「錆びる心」「玉蘭」「グロテスク」「残虐記」「魂萌え!」「東京島」「女神記」「IN」「ナニカアル」「ハピネス」「だから荒野」他多数
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