『抱く女』(桐野夏生)_書評という名の読書感想文
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『抱く女』(桐野夏生), 作家別(か行), 書評(た行), 桐野夏生
『抱く女』桐野 夏生 新潮文庫 2018年9月1日発行
女は男の従属物じゃない - 。1972年、東京、吉祥寺。ジャズ喫茶でアルバイトをする大学生の直子は、傷つけられ、社会へ憤りながら、同時に新左翼とウーマンリブの現状にも疑問を抱いていた。閉塞感の中、不意に出会ったドラマー志望の男との恋にのめり込んでゆく・・・・・・・。泡のごとき友情。胸に深く刻んだ死。彷徨する魂の行方。まだ何者でもなかった頃のあなたに捧ぐ、永遠の青春小説。(新潮文庫)
『抱く女』 の舞台は、1972年の東京。私が生まれる7年前に20歳の青春を生きる女性の物語だ。
(中略)
けれどこの本を読み終えたとき、直子が感じる「痛み」に、驚くほど共鳴している自分に気が付いた。この物語は、私にとって過ぎ去った時代の話ではなかった。直子が物語の中で抱く違和感や痛みに共鳴して、私が身体の中に封印していた悲鳴が甦る。忘れていた様々な記憶が、まるで今傷ついたばかりのように血を流し始める。(村田沙耶香/解説より)
この物語は、著者である桐野夏生がその時代に生き、間近に見聞きし、時に自らもその場に居合わせた、そんな空気に充ち満ちている。生きたいと思うようには生きられず、行き場を失くし、彷徨うものの答えが見つからず、落ち込んでばかりいる。
学生運動華やかりし頃の話だ。46年ほども前、その時代にあって大学生は、学生であるにもかかわらず「政治的信条」が求められ、それを具体的に発露する「活動」が求められもしたのである。
「信条」は分派し、互いが互いを牽制し、隙あらば制圧しようと暴力に訴える。仲間同士でさえ “プチブル的” と批判され、”総括” を受け、”矯正” の名のもとにまた暴力を振るわれる。激化し、短絡を極め、時に命を落とすまでになる。
この物語において、そんな状況下で語られているのは、社会の趨勢に対し常に「王道」を行く「男性」とは別に、意に反し、虐げられたままでいる「女性」の側からの “生き辛さ” である。そんな時代であればこそ尚際立って見える「男女差」に、直子は我慢ならないでいる。
但し、それはとりもなおさず彼女が、彼女の思う「女性」であろうと強く念じた証左であるに違いない。
むしろ遠目に見ていた者の方が多かったのだ。他人事として、見て見ぬフリをする - もしも直子がそんな人物だったとしたら、いかばかりか生き易かったろうに。
好きな服やアクセサリーで着飾って、男と沢山寝れば「公衆便所」。誰からも抱かれなければ「抱いてもらえない」女。作品の時代から46年も経っているのに、女性たちは「抱く女」ではなく「抱かれる女」のままだ。自分の身体の価値を決める鍵を、自分ではない人に手渡してしまっている女性たちの姿に、私は何度もショックを受けた。(P360/解説より)
こう言わしめる、この物語における背景こそが問題なのである。
※『抱く女』は、その後、『夜の谷を行く』(文藝春秋 2017年3月刊)という小説を生む。あなたは、「連合赤軍事件」のことをご存じだろうか? 「永田洋子」のことを知っているだろうか。それとは別に、高野悦子の『二十歳の原点』(新潮社 1971年刊)を読んだことがあるのだろうか。
この本を読んでみてください係数 85/100
◆桐野 夏生
1951年石川県金沢市生まれ。
成蹊大学法学部卒業。
作品 「OUT」「グロテスク」「錆びる心」「東京島」「IN」「夜また夜の深い夜」「奴隷小説」「バラカ」「猿の見る夢」「夜の谷を行く」「路上のX」「デンジャラス」他多数
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