『明日死ぬかもしれない自分、そしてあなたたち』(山田詠美)_書評という名の読書感想文

『明日死ぬかもしれない自分、そしてあなたたち』山田 詠美 幻冬社 2013年2月25日第一刷

あたり前過ぎて書くのも憚られるのですが、時は思う以上に早く過ぎていくものです。あっと言う間に歳をとってしまいました。気付けば、自分とさほど年齢の違わない人たちが、日毎に亡くなっていくのが普通のことになりつつあります。

明日、私は生きていられるのだろうか。自分が死んだら、後に残った家族はどうするのだろう。ふと、心からそんなことを思う瞬間があります。私にとって、〈死〉は随分と間近なものになっています。
・・・・・・・・・・
この小説を読んだ誰かが、「山田詠美もちゃんと歳を取った」みたいなことを書いていました。『明日死ぬかもしれない自分、そしてあなたたち』は、まさにそんな気にさせる物語です。ここでは、あくまで正攻法で〈家族〉が語られ、そして〈死〉が語られます。

山田詠美が敢えて〈家族〉として準備したのは、離婚後に再編された一家です。澄生と真澄の兄妹に創太が加わり、さらに生まれたばかりの千絵が加わった澄川家は、幸福を絵に描いたような家族です。誰もが、ここにこそ幸せの基盤があると信じて疑いません。

年長の澄生と真澄は、この家族を完璧なものにしようと躍起になります。皆が、澄川家の〈家作り〉に夢中になって取り組む姿は、まるでひとつの作品を創造するような熱意に溢れています。両親は優しく、子供たちは等しく愛されている、・・・はずでした。

澄川家の様相を一変させたのは、澄生の突然の死であり、母親の美加の変容でした。澄生が不意の雷に打たれて死んだのは、17歳のときです。息子を失くした美加は、気を紛らわすために酒を飲み、挙句にアルコール依存症となって入院してしまいます。

彼らが失ったのは、家族の一員であると同時に、そこに幸福を溜めるための重要なねじでした。澄生は誰にとっても格別な存在であり、家族の精神的な支柱でした。澄生が亡くなったことでそれは更に明白になり、誰もが澄生を忘れることができないでいます。

澄生は誰にもない求心力を持っていて、そこから一番に弾き出されたのが母親の美加でした。最初は気晴らしだと思っていた美加の飲酒がいつの間にか病に変っていたのに、家族は長い間放置したまま、認めることができずにいたのです。

朝から酒を啜り、ぼんやりしている美加の姿は、世界中から見放された哀しい人のようでもあり、自分の世界にたゆたう幸せな人のようにも映ります。彼女の喪失感は癒えることなく、長きに亘って続きます。昔も今も、美加は澄生によって生かされています。

美加ほどではないにせよ、澄生の存在はあとに残された3人の子供の人生にも大きな影を落とします。彼らは病んだ母親を見守り、心に〈澄生〉を抱えながら成長していきます。それぞれが、〈澄生〉を語り、〈家族〉を語り、そして〈自ら〉を語ります。
・・・・・・・・・・
彼らが思い知るべきは、澄生の死が、すべての人間が経験する儀式のひとつに過ぎないということです。母親のせいで、生きている家族の誰もが死者に気兼ねするような日々を強いられた結果、澄生はいつまでも本来の、肉体のない〈死者〉になれずにいます。

澄川家の、家族の再生は成るのでしょうか。美加を始めとする澄川家の人々は、亡くなった澄生ときちんと決別することができるのでしょうか。その結末はこの物語の最終章、第四章で語られることになります。

この本を読んでみてください係数  80/100


◆山田 詠美
1959年東京都板橋区生まれ。
明治大学日本文学科中退。

作品 「ソウル・ミュージック・ラバーズ・オンリー」「僕は勉強ができない」「風葬の教室」「ジェントルマン」「ベッドタイムアイズ」「A2Z」「風味絶佳」「学問」「放課後の音符」「熱血ポンちゃんシリーズ」他多数

◇ブログランキング

いつも応援クリックありがとうございます。
おかげさまでランキング上位が近づいてきました!嬉しい限りです!
にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ

関連記事

『鞠子はすてきな役立たず』(山崎ナオコーラ)_書評という名の読書感想文

『鞠子はすてきな役立たず』山崎 ナオコーラ 河出文庫 2021年8月20日初版発行

記事を読む

『今だけのあの子』(芦沢央)_書評という名の読書感想文

『今だけのあの子』芦沢 央 創元推理文庫 2018年7月13日6版 結婚おめでとう、メッセージカー

記事を読む

『パリ行ったことないの』(山内マリコ)_書評という名の読書感想文

『パリ行ったことないの』山内 マリコ 集英社文庫 2017年4月25日第一刷 女性たちの憧れの街〈

記事を読む

『絵が殺した』(黒川博行)_書評という名の読書感想文

『絵が殺した』黒川 博行 創元推理文庫 2004年9月30日初版 富田林市佐備の竹林。竹の子採り

記事を読む

『BUTTER』(柚木麻子)_梶井真奈子、通称カジマナという女

『BUTTER』柚木 麻子 新潮文庫 2020年2月1日発行 木嶋佳苗事件から8年

記事を読む

『命売ります』(三島由紀夫)_書評という名の読書感想文

『命売ります』三島 由紀夫 ちくま文庫 1998年2月24日第一刷 先日書店へ行って何気に文

記事を読む

『いのちの姿/完全版』(宮本輝)_書評という名の読書感想文

『いのちの姿/完全版』宮本 輝 集英社文庫 2017年10月25日第一刷 自分には血のつながった兄

記事を読む

『JR高田馬場駅戸山口』(柳美里)_書評という名の読書感想文

『JR高田馬場駅戸山口』柳 美里 河出文庫 2021年3月20日新装版初版 夫は単

記事を読む

『岸辺の旅』(湯本香樹実)_書評という名の読書感想文

『岸辺の旅』湯本 香樹実 文春文庫 2012年8月10日第一刷 きみが三年の間どうしていたか、話し

記事を読む

『夫の墓には入りません』(垣谷美雨)_書評という名の読書感想文

『夫の墓には入りません』垣谷 美雨 中公文庫 2019年1月25日初版 どうして悲し

記事を読む

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

『あいにくあんたのためじゃない』(柚木麻子)_書評という名の読書感想文

『あいにくあんたのためじゃない』柚木 麻子 新潮社 2024年3月2

『執着者』(櫛木理宇)_書評という名の読書感想文

『執着者』櫛木 理宇 創元推理文庫 2024年1月12日 初版 

『オーブランの少女』(深緑野分)_書評という名の読書感想文

『オーブランの少女』深緑 野分 創元推理文庫 2019年6月21日

『揺籠のアディポクル』(市川憂人)_書評という名の読書感想文

『揺籠のアディポクル』市川 憂人 講談社文庫 2024年3月15日

『海神 (わだつみ)』(染井為人)_書評という名の読書感想文

『海神 (わだつみ)』染井 為人 光文社文庫 2024年2月20日

→もっと見る

  • 3 にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
PAGE TOP ↑