『命売ります』(三島由紀夫)_書評という名の読書感想文
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最終更新日:2018/01/16
『命売ります』(三島由紀夫), 三島由紀夫, 作家別(ま行), 書評(あ行)
『命売ります』三島 由紀夫 ちくま文庫 1998年2月24日第一刷
先日書店へ行って何気に文庫のコーナーを見ていたらこの本がありました。今どきの一般小説に混ざって三島由紀夫の本が陳列されているのにちょっと驚いて、驚きついでに買って帰って読んでみました。
あとから知ったことなのですが、この本がえらく売れているらしい。特に先月(7月)が顕著で、東京の紀伊國屋書店や丸善なんかでは週間ランキングで1位になるくらいの勢いらしい。そして(やはりと言うべきか)、これはひとえに又吉の 「火花」 効果であるらしい。
この小説は今から遡ること47年前、1968年に 「週刊プレイボーイ」 に連載された、三島由紀夫の貴重なエンターテイメント小説です。自殺に失敗した男が 「命売ります」 と新聞広告を出したところ、それを利用しようとする人間が次々に現れては騒動を起こしていくという物語。
私のような世代の人間には、三島由紀夫という人物に対する、ある圧倒的なイメージがありまして、それとのギャップに最初は少々戸惑いもしたのですが、いつの間にか時間を忘れています。ストーリーは概ね単純、ちょっと読みやす過ぎるんじゃないのと思うくらい平易な文章でスイスイ読めてしまいます。
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主人公は、羽仁男という男。彼はコピーライターで、独立してやっていけるほどの才能があるのですが、彼には端からそんな気はなく、会社からもらう月給だけで十分満足しています。毎日は判で捺したよう、格別変わったことなどなかったのですが、ある日の夕方、いつも夕食をとるスナックで夕刊を読んでいる間に、羽仁男は急に死にたくなります。
死ぬために終電車の中で大量の睡眠薬を呑み、そのまま意識を失くした羽仁男。しかし目が覚めたら病院のベッドの上で、彼は消防隊員によって助けられたのでした。羽仁男は、自分が自殺に失敗したことを知ります。
なぜ羽仁男は死のうと思ったのか。これがなかなかにシュールなのですが、彼は最初、ピクニックへでも行こうというように急に自殺を考えたのですが、その理由を強いて訊ねると、「全然自殺の理由がなかったから自殺した」としか考えようのないことでした。
会社勤めに不満があるわけでもなく、真面目に働いていた自分がなぜ死のうと思ったのか。改めてその原因を考えた羽仁男は、あることに気付きます。
ここからがさらにシュールで、羽仁男が「読もうとした新聞の活字が、ことごとくゴキブリに変身してどこかへ逃げてしまう」という奇妙な体験談になるのですが、この部分は書くと長くなりますので、詳しくは本編で確認をお願います。
とにかくそんなとんでもない様子を目の当たりにした彼は、「ああ、世の中はこんな仕組になってるんだな」と、突然理解してしまうのです。理解したと思いきや、今度は無性に死にたくなってしまったのだと。
どうにも珍妙な話ではありますが、羽仁男からすると、新聞の活字だってみんなゴキブリになってしまったのに生きていても仕方がない - そう思った途端、その 「死ぬ」 という考えが頭にスッポリはまってしまったということ。羽仁男は、「死」がもっとも自分に似合っていると感じてしまったのです。
・・・・・・・・・・
自殺をしそこなった羽仁男の前には、何だかカラッポな、すばらしい自由な世界が開けます。早々に会社へ辞表を出し、誰にも気兼ねのない生き方をすることになった羽仁男は、三流新聞の求職欄にこんな広告を出します。
「命売ります。お好きな目的にお使い下さい。当方、27歳男子。秘密は一切守り、決して迷惑はおかけしません」 そしてアパートの住所をつけておき、自室のドアには、「ライフ・フォア・セイル 山田羽仁男」 と洒落たレタリングをした紙を貼ったのでした。
広告の出た最初の日には誰もやって来ません。羽仁男の部屋のドアがノックされたのは、あくる日の朝のことです。ドアを開けると、そこには身なりのキチンとした小柄な老人が立っています。
その老人が羽仁男にとっての初めての客、つまり羽仁男の命を最初に買いにきた人物です。次の客がひっつめ髪の中年の、一向にパッとしない女で、その次が小柄で痩せた学生服の少年。そして、そのまた次には謎の2人組の男が突然現れて・・・・・・・
羽仁男は常に誠心誠意、覚悟をもって仕事に臨みます。万が一にも生き延びようなどとは考えてもいません。もとより死のうと思って自分が始めた仕事だったはずなのに、どういうわけか、羽仁男は依然として生き長らえています。
この本を読んでみてください係数 85/100
◆三島 由紀夫
1925年東京都新宿区四谷生まれ。(1970年、満45歳没)本名、平岡公威。
東京大学法学部卒業。
作品 「仮面の告白」「潮騒」「金閣寺」「鹿鳴館」「鏡子の家」「憂国」「豊饒の海」他多数
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