『漁港の肉子ちゃん』(西加奈子)_書評という名の読書感想文

公開日: : 最終更新日:2020/07/13 『漁港の肉子ちゃん』(西加奈子), 作家別(な行), 書評(か行), 西加奈子

『漁港の肉子ちゃん』西 加奈子 幻冬舎文庫 2014年4月10日初版


漁港の肉子ちゃん (幻冬舎文庫)

男にだまされた母・肉子ちゃんと一緒に、流れ着いた北の町。肉子ちゃんは漁港の焼肉屋で働いている。太っていて不細工で、明るい - キクりんは、そんなお母さんが最近少し恥ずかしい。ちゃんとした大人なんて一人もいない。それでもみんな生きている。港町に生きる肉子ちゃん母娘と人々の息づかいを活き活きと描き、そっと勇気をくれる傑作。(幻冬舎文庫)

不覚にも泣いてしまいました。一度ならず、二度までも。ラスト40ページは涙なくして読めません。

この小説は、”肉子ちゃん” と呼ばれる38歳の女性とその娘 (肉子ちゃんからはキクりんと呼ばれています) の物語です。2人の姓名を正しく書くと、肉子ちゃんが 「見須子菊子」 で、キクりんが 「見須子喜久子」 となります。

「見須子」 はみすじと読み、字こそ違え名前はどちらも 「きくこ」 といささかややこしいのですが、2人の周りにこの母娘を本名で呼ぶ人はいません。娘の喜久子は母の菊子を肉子ちゃんと呼び、肉子ちゃんは娘をキクりんと呼びます。

肉子ちゃんは、名前の通り丸々と太っています。北陸のとある小さな漁港の裏手にある焼肉屋「うをがし」で働いているので、肉子ちゃん。「うをがし」は、淡泊な魚を食べ飽きた港町の人々に濃厚な肉の味わいを提供する人気の店でした。

肉子ちゃんの体型とこってりの関西弁はまさに肉のイメージそのままで、肉子ちゃんは 「うをがし」 の立派な看板娘。店主のサッサンは、彼女のことを 「肉の神様」 だと言います。肉子ちゃんは底抜けに明るくて無頓着、マイペースな上に、やや鈍感な人でした。

元々大阪で水商売をしていた肉子ちゃんは、何度も男に騙され、借金を背負わされた挙句に逃げられて、それをまた追いかけることを繰り返し、行き着いた先がこの港町でした。肉子ちゃんとキクりんは、「うをがし」 の小さな平屋を借りて暮らしています。

2人は、すぐに小さな港町に馴染みます。肉子ちゃんには、良くも悪くも人を惹きつける力がありました。ここへ来てからも2人の恋人ができたのですが、一人は借金を背負ったまま遠洋漁業に出たきり音信不通、もう一人の男は結婚しています。肉子ちゃんは、どこまでも男運がないのでした。

キクりんは8歳で、とても可愛い女の子です。目はくるみのようで、瞳の色は少し薄く、鼻は小さく尖って、薄い唇は淡い桃色。髪は茶色でパーマがかかったよう、肌は貝殻の裏みたいに透明な白で、手足が長く、ハーフの男の子に間違えられたことがあります。

つまりは、肉子ちゃんとキクりんはまったく似ていません。肉子ちゃんのダサい身なりが恥ずかしく、キクりんはそれを友だちに見せたくありません。猫の肉球が一面に描かれた布団や世界の国旗柄のパジャマ、家にあるセンスのないガラクタを見てはゲンナリしています。

こう書くとキクりんが肉子ちゃんを嫌っているようにみえるかも知れませんが、決してそんなことはありません。肉子ちゃんがキクりんに注ぐ愛情は正真正銘無償の愛で、キクりんは子どもながらにそれを十分感じ取っています。

ただ、肉子ちゃんの桁外れの無頓着さや他人に対する遠慮のなさが、小学5年生の多感な女子には恥ずかしくてなりません。2人の会話はまるで大人と子どもが逆転したようで、キクりんはいちいち肉子ちゃんの言動に釘を刺し、素直に従うのは肉子ちゃんの方でした。

キクりんの悩みは、学校での人間関係です。誰が誰を好きだとか、どのグループに入る入らないで、要らぬ気遣いをしなければなりません。なまじ人気があるだけに、キクりんの悩みは大きいのです。自分がどう振る舞えばいいのか、それが彼女には分かりません。

キクりんは、否定ができません。決定的な意思を持っていても、それを出すことができないのです。受け入れたままで、どちらからも逃げていたいと思っています。攻撃するよりは攻撃される側にいる方が楽でいい。自分で何かを決めたくないのです。

子供の神様が来て、子供のままでいたい? と言われたら、うなずくだろうし、大人の神様が来て、大人になりたい? と言われたら、やっぱりうなずくだろう、とキクりんは思っています。

キクりんは聡明で、その分人より余計に悩みます。しかもとびきりの美人です。彼女は、自分をよく知っています。肉子ちゃんのように、ありのままに生きていけたらいいのにと思わなくもないのですが、彼女の自意識がそれを許しません。

物語の前半では、肉子ちゃんと港町の人々との交流が活き活きと描かれます。天真爛漫を絵に描いたような肉子ちゃんは、寡黙だけれど素朴で心優しい地元の人々にすっかり溶け込んでいます。

キクりんも、みんなから愛されています。愛されていると分かっていながら、一方では、大人になっていつかこの町を出て行く自分を想像しています。肉子ちゃんがわざと話していないことも、キクりんはとうの昔に気付いています。彼女は少しずつ、少しずつ成長しています。

この本を読んでみてください係数 85/100


漁港の肉子ちゃん (幻冬舎文庫)

◆西 加奈子
1977年イラン、テヘラン生まれ。エジプト、大阪府堺市育ち。
関西大学法学部卒業。

作品 「あおい」「さくら」「きいろいゾウ」「通天閣」「円卓」「ふくわらい」「サラバ!」他

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