『漁港の肉子ちゃん』(西加奈子)_書評という名の読書感想文

公開日: : 最終更新日:2015/06/29 『漁港の肉子ちゃん』(西加奈子), 作家別(な行), 書評(か行), 西加奈子

『漁港の肉子ちゃん』西 加奈子 幻冬舎文庫 2014年4月10日初版


漁港の肉子ちゃん (幻冬舎文庫)

 

不覚にも、また涙が出ました。それも、一度ならずに二度までも。ラストの40ページ程で二度も泣かせるとは、さすが西加奈子です。物語の作り方が本当に上手で、特に登場する子どもがいい。歳をとったおじさんは、子どもの話にことさら弱いのです。
・・・・・・・・・・
この小説は、肉子ちゃんと呼ばれる38歳の女性と娘(肉子ちゃんからはキクりんと呼ばれています)の物語です。2人の姓名を正しく書くと、肉子ちゃんが「見須子菊子」で、キクりんが「見須子喜久子」となります。

「見須子」はみすじと読み、字こそ違え名前はどちらも「きくこ」といささかややこしいのですが、2人の周りにこの親子を本名で呼ぶ人はいません。娘の喜久子でさえ母親の菊子を肉子ちゃんと呼び、肉子ちゃんが娘を呼ぶときはキクりんなのです。

肉子ちゃんは、名前の通り丸々と太っています。北陸のとある小さな漁港の裏手にある焼肉屋「うをがし」で働いているので、肉子ちゃんなのです。「うをがし」は、淡泊な魚を食べ飽きた港町の人々に濃厚な肉の味わいを提供する人気の店です。

肉子ちゃんの体型とこってりの関西弁はまさに肉のイメージそのままで、肉子ちゃんは「うをがし」の立派な看板娘です。店主のサッサンは、彼女のことを「肉の神様」だと言います。肉子ちゃんは底抜けに明るくて無頓着、マイペースな上に、やや鈍感です。

元々大阪で水商売をしていた肉子ちゃんですが、何度も男に騙され、借金を背負わされた挙句に逃げられて、それをまた追いかけることを繰り返して、行き着いた先がこの港町でした。肉子ちゃんとキクりんは、「うをがし」の小さな平屋を借りて暮らしています。
・・・・・・・・・・
2人は、すぐに小さな港町に馴染みます。肉子ちゃんには、良くも悪くも人を惹きつける力があります。ここへ来てからも2人の恋人ができたのですが、一人は借金を背負ったまま遠洋漁業に出たきり音信不通、もう一人の男は結婚しています。男運のない、肉子ちゃんです。

キクりんは8歳で、とても可愛い女の子です。目はくるみのようで、瞳の色は少し薄く、鼻は小さく尖って、薄い唇は淡い桃色です。髪は茶色でパーマがかかったよう、肌は貝殻の裏みたいに透明な白で、手足が長く、ハーフの男の子に間違えられたことがあります。

要するに、肉子ちゃんとキクりんは、まったく似ていません。肉子ちゃんのダサい身なりが恥ずかしくて、友だちには見せたくないキクりんです。猫の肉球が一面に描かれた布団や世界の国旗柄のパジャマ、家にあるセンスのないガラクタを見てはゲンナリしています。

こう書くとキクりんが肉子ちゃんを嫌っているようにみえるかも知れませんが、決してそんなことはありません。肉子ちゃんがキクりんに注ぐ愛情は正真正銘無償の愛で、キクりんは子どもながらにそれを十分感じ取っています。

ただ、肉子ちゃんの桁外れの無頓着さや他人に対する遠慮のなさが、小学5年生の多感な女子には恥ずかしくてなりません。2人の会話はまるで大人と子どもが逆転したようで、キクりんはいちいち肉子ちゃんの言動に釘を刺し、素直に従うのが肉子ちゃんなのです。

キクりんの悩みは、学校での人間関係です。誰が誰を好きだとか、どのグループに入る入らないで、要らぬ気遣いをしなければなりません。なまじ人気があるだけに、キクりんの悩みは大きいのです。自分がどう振る舞えばいいのか、それが彼女には分かりません。

キクりんは、否定ができません。決定的な意思を持っていても、それを出すことができないのです。受け入れたままで、どちらからも逃げていたいと思っています。攻撃するよりは攻撃される側にいる方が楽でいい。自分では、何かを決めたくないキクりんなのです。

子供の神様が来て、子供のままでいたい? と言われたら、うなずくだろうし、大人の神様が来て、大人になりたい? と言われたら、やっぱりうなずくだろう、と思うキクりんです。

キクりんは聡明で、その分人より余計に悩みます。しかもとびきりの美人です。彼女は、自分をよく知っています。肉子ちゃんのように、ありのままに生きていけたらいいのにと思わなくもないのですが、やはり彼女の自意識がそれを許さないのです。
・・・・・・・・・・
物語の前半では、肉子ちゃんと港町の人々との交歓が活き活きと描かれます。天真爛漫を絵に描いたような肉子ちゃんは、寡黙だけれど素朴で心優しい地元の人々にすっかり溶け込んでいます。

キクりんも、みんなから愛されています。愛されていると分かっていながら、一方では、大人になっていつかこの町を出て行く自分を想像しています。肉子ちゃんが話していないことも、とうの昔に気付いているキクりんです。
キクりんは、少しずつ、少しずつ成長しています。

 

この本を読んでみてください係数 85/100


漁港の肉子ちゃん (幻冬舎文庫)

◆西 加奈子
1977年イラン、テヘラン生まれ。エジプト、大阪府堺市育ち。
関西大学法学部卒業。

作品 「あおい」「さくら」「きいろいゾウ」「通天閣」「円卓」「ふくわらい」「サラバ!」他

◇ブログランキング

いつも応援クリックありがとうございます。
にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ

関連記事

『湯を沸かすほどの熱い愛』(中野量太)_書評という名の読書感想文

『湯を沸かすほどの熱い愛』中野 量太 文春文庫 2016年10月10日第一刷 湯を沸かすほどの

記事を読む

『結婚』(井上荒野)_書評という名の読書感想文

『結婚』井上 荒野 角川文庫 2016年1月25日初版 結婚 (角川文庫)  

記事を読む

『 A 』(中村文則)_書評という名の読書感想文

『 A 』中村 文則 河出文庫 2017年5月20日初版 A (河出文庫) 「一度の過ちもせ

記事を読む

『問いのない答え』(長嶋有)_書評という名の読書感想文

『問いのない答え』長嶋 有 文春文庫 2016年7月10日第一刷 問いのない答え (文春文庫)

記事を読む

『九年前の祈り』(小野正嗣)_書評という名の読書感想文

『九年前の祈り』小野 正嗣 講談社 2014年12月15日第一刷 九年前の祈り &nbs

記事を読む

『携帯の無い青春』(酒井順子)_書評という名の読書感想文

『携帯の無い青春』酒井 順子 幻冬舎文庫 2011年6月10日初版   携帯の

記事を読む

『くちびるに歌を』(中田永一)_書評という名の読書感想文

『くちびるに歌を』中田 永一 小学館文庫 2013年12月11日初版 くちびるに歌を (小学館

記事を読む

『影踏み』(横山秀夫)_書評という名の読書感想文

『影踏み』横山 秀夫 祥伝社 2003年11月20日初版 影踏み (祥伝社文庫) 三月二

記事を読む

『きみの友だち』(重松清)_書評という名の読書感想文

『きみの友だち』重松 清 新潮文庫 2008年7月1日発行 きみの友だち (新潮文庫) わた

記事を読む

『白いしるし』(西加奈子)_書評という名の読書感想文

『白いしるし』西 加奈子 新潮文庫 2013年7月1日発行 白いしるし (新潮文庫) &

記事を読む

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

『また次の春へ』(重松清)_書評という名の読書感想文

『また次の春へ』重松 清 文春文庫 2016年3月10日第一刷

『老後の資金がありません』(垣谷美雨)_書評という名の読書感想文

『老後の資金がありません』垣谷 美雨 中公文庫 2018年3月25日初

『その可能性はすでに考えた』(井上真偽)_書評という名の読書感想文

『その可能性はすでに考えた』井上 真偽 講談社文庫 2018年2月15

『ラメルノエリキサ』(渡辺優)_書評という名の読書感想文

『ラメルノエリキサ』渡辺 優 集英社文庫 2018年2月25日第一刷

『銀河鉄道の父』(門井慶喜)_書評という名の読書感想文

『銀河鉄道の父』門井 慶喜 講談社 2017年9月12日第一刷

→もっと見る

  • 3 にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
PAGE TOP ↑