『かなたの子』(角田光代)_書評という名の読書感想文

公開日: : 最終更新日:2016/10/28 『かなたの子』(角田光代), 作家別(か行), 書評(か行), 角田光代

『かなたの子』角田 光代 文春文庫 2013年11月10日第一刷


かなたの子 (文春文庫)

 

生まれなかった子が、新たな命を身ごもった母に語りかける。あたしは、海のそばの「くけど」にいるよ - 。日本の土俗的な物語に宿る残酷と悲しみが、現代に甦る。闇、前世、道理、因果。近づいてくる身の粟立つような恐怖と、包み込む慈愛の光。時空を超え女たちの命を描ききる傑作短編集。泉鏡花文学賞受賞。(「BOOK」データベースより)

まさに「身の粟立つような」という表現がぴったりな、怖い話が8編。角田光代という人はこんなのも書くんだという驚きと、さすがに角田光代が書くと怖いだけの話がこんなにも滋味深い話になるんだという感嘆が同時に味わえる本です。

一番怖かったのは、冒頭の「おみちゆき」という話。これは、村人から尊敬される月光和尚というお坊さんが、即身成仏になるために生きながら墓に埋められるという話です。

「埋められる」と書くといかにも強制的に思えますが、和尚は自らそうしようと決意して墓に入るわけです。墓には、空気穴として筒だけが通っています。それを村人が毎晩交代で確認する - 和尚が死んだかどうかを確かめる - その作業が「おみちゆき」なのです。

結果的には3ヶ月後に和尚は死にます。それを村人が掘り出すのが4年後。これは墓に入る前に決められていたことです。約束の4年後に村人は和尚の木乃伊(ミイラ)を掘り返すのですが、その時の姿が思い描いていたものとは大層違って・・・、という話なのですが、結末が圧倒的に惨いので、敢えてここでは書かずにおきます。
・・・・・・・・・・
さて、怖い話が収められたこの短編集のもう一つの側面、どちらかと言えばこちらの方が主たるテーマということになりますが、それはいずれもが人の「いのち」に関わる物語であるということです。

それも、不幸にしてこの世に生まれ得なかった「いのち」、あるいは望みどおりに生きることが叶わずして失われてしまった「いのち」の物語、そう言っていいと思います。

最初から順を追って読んでいきますと、ほんの緩やかではありますが、それぞれの物語がどこかで繋がっているのに気が付きます。人はただ単に生まれ、単に死んでいくのではなくて、必ずやそこには前世や来世、因果や道理といったものが関与しているのだということに気付かされていきます。

その核を成す物語が、表題作の「かなたの子」です。かなたとは「彼方」のことです。物語の舞台は、少し前の時代の農村。この村では、生まれる前に死んでしまった子には名前などつけてはならないという言い伝えがあります。

8ヶ月で死産した文江は、そのことを知りながらも生まれて来なかった子への愛しさに、密かに「如月」と名前を付け、墓へ参っては子の名を呼び続けています。それが義母にばれると「そんなことをしているから次の子がくるにこられないんだ」と怒られもするのですが、文江は死んだ如月を忘れることができません。

やがて文江は次の子を身籠りますが、彼女にはそれが如月の生まれ変わりだとはどうしても思えません。その思いは日毎に強くなります。そして、あるとき文江は夢を見ます。夢に如月が現れて、私は海のそばにいる、くけどにいるよ、と言うのです。

「くけど」とは、死者たちの国、黄泉の国。生まれなかった、もしくは生まれてもすぐに死んでしまった子らが、そこで石を積み、次に生まれるのをじっと待っている場所のことを言います。

村を出て初めて鉄道に乗り、手漕船で渡った先にある「くけど」にやって来た文江が見た光景とは、一体何だったのでしょうか。文江が「くけど」で感じ取ったものは、単に生まれ得ずして死んでしまった如月の姿だけではなかったのです。

岩場に沿って無数の、まるで子どものように見える地蔵が並んでいます。砂浜や地蔵の間、岩場にも刺さっている風車が、しゅうしゅうと音を立てて回っています。文江は地蔵に近づきます。如月はあのなかにいるのだろう、しゃがんで隠れて、笑いを堪えているのだろうと文江は思っています。

文江が何かに躓きます。足元を見ると、石がいくつも転がっています。しゃがんだ文江は、すぐ目の前に、石を積み上げた小さな塔があるのに気付きます。ひとつ気付くと、その隣にも、向こうにも、似たような三角錐が数え切れないほどあります。

それが何を意味するのか文江には分からないのですが、けれど、今、崩すべきではなかった塔を崩してしまったこと、如月を見つける前に、崩した償いとして倍のふたつ、同じような石の塔を作らねばならないことを、文江はすでに知っています。

文江が唐突に感じたこと - それは、もしや如月は自分でないかという思いです。自分はこれから生まれるのではないか。この腹に、かなしみやよろこびや、ねたみや笑いや、苦しみや許しを詰めこんで、これから生まれていくのではないかという思い・・・。

死んだ子に遭いに来て、文江が感じたのは自分が生まれるという不思議な感覚 - ならばここはどこだろう、と文江は考えます。

 

この本を読んでみてください係数  85/100


かなたの子 (文春文庫)

◆角田 光代
1967年神奈川県横浜市生まれ。
早稲田大学第一文学部文芸専修卒業。

作品 「空中庭園」「対岸の彼女」「紙の月」「八日目の蝉」「ロック母」「マザコン」「だれかのいとしいひと」「ドラママチ」「それもまたちいさな光」「笹の舟で海をわたる」「幾千の夜、昨日の月」ほか多数

関連記事

『ジオラマ』(桐野夏生)_書評という名の読書感想文

『ジオラマ』桐野 夏生 新潮エンタテインメント倶楽部 1998年11月20日発行 ジオラマ (

記事を読む

『アニーの冷たい朝』(黒川博行)_黒川最初期の作品。猟奇を味わう。

『アニーの冷たい朝』黒川 博行 角川文庫 2020年4月25日初版 アニーの冷たい朝 (角川

記事を読む

『屋根をかける人』(門井慶喜)_書評という名の読書感想文

『屋根をかける人』門井 慶喜 角川文庫 2019年3月25日初版 屋根をかける人 (角川文庫

記事を読む

『家系図カッター』(増田セバスチャン)_書評という名の読書感想文

『家系図カッター』増田 セバスチャン 角川文庫 2016年4月25日初版 家系図カッター (角

記事を読む

『海よりもまだ深く』(是枝裕和/佐野晶)_書評という名の読書感想文

『海よりもまだ深く』是枝裕和/佐野晶 幻冬舎文庫 2016年4月30日初版 海よりもまだ深く

記事を読む

『おめでとう』(川上弘美)_書評という名の読書感想文

『おめでとう』川上 弘美 新潮文庫 2003年7月1日発行 おめでとう (新潮文庫)

記事を読む

『蹴りたい背中』(綿矢りさ)_書評という名の読書感想文

『蹴りたい背中』綿矢 りさ 河出文庫 2007年4月20日初版 蹴りたい背中 (河出文庫)

記事を読む

『奴隷小説』(桐野夏生)_書評という名の読書感想文

『奴隷小説』桐野 夏生 文芸春秋 2015年1月30日第一刷 奴隷小説  

記事を読む

『続・ヒーローズ(株)!!! 』(北川恵海)_書評という名の読書感想文

『続・ヒーローズ(株)!!! 』北川 恵海 メディアワークス文庫 2017年4月25日初版 続

記事を読む

『坂の途中の家』(角田光代)_書評という名の読書感想文

『坂の途中の家』角田 光代 朝日文庫 2018年12月30日第一刷 坂の途中の家 (朝日文庫

記事を読む

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

『太陽と毒ぐも』(角田光代)_書評という名の読書感想文

『太陽と毒ぐも』角田 光代 文春文庫 2021年7月10日新装版第1

『夏の終わりの時間割』(長岡弘樹)_書評という名の読書感想文

『夏の終わりの時間割』長岡 弘樹 講談社文庫 2021年7月15日第

『スイート・マイホーム』(神津凛子)_書評という名の読書感想文

『スイート・マイホーム』神津 凛子 講談社文庫 2021年6月15日

『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』(ブレイディみかこ)_書評という名の読書感想文

『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』ブレイディみかこ 新潮

『葦の浮船 新装版』(松本清張)_書評という名の読書感想文

『葦の浮船 新装版』松本 清張 角川文庫 2021年6月25日改版初

→もっと見る

  • 3 にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
PAGE TOP ↑