『ドラママチ』(角田光代)_書評という名の読書感想文

公開日: : 最終更新日:2016/09/04 『ドラママチ』(角田光代), 作家別(か行), 書評(た行), 角田光代

『ドラママチ』角田 光代 文春文庫 2009年6月10日第一刷


ドラママチ (文春文庫)

 

〈高円寺〉、〈荻窪〉、〈吉祥寺〉・・・東京・中央線沿線の街を舞台にした〈待つ女〉の話が8編収められた作品集です。

表題作「ドラママチ」

眠る英俊を、向かいの席から私は眺める。こんな童話があったようだと私は考える。魔法がとけて、王子が蛙か蠅かになるのだ。(中略)英俊はそんな魔法なみの変化をとげた。腹が出て、首がYシャツにくいこみ、額がMの字形に広がった。窓ガラスに押しつけている頭頂部は、頭皮が透けて見えるほど薄くなってしまった。(本文より)

英俊はまだ30歳の半ばで、これから結婚しようという身ですから、男にとっては少々つらい状況です。場面は、英俊が温泉旅行を口実に〈私〉を誘い出し、2人の結婚を報告するために彼の実家へ行った帰り、中央線の電車の中での一コマです。

新幹線から降りて東京駅のホームに立ったとき、〈私〉は「何かおかしい、まちがっている」と気付きます。英俊はすこぶる上機嫌ですが、彼とは真逆で、〈私〉は「まちがっている何か」の正体について思いを巡らせています。

このときの〈私〉の偽らざる心境を抜粋すると、こんな感じになります。

学生の頃の、長身でスマートでこざっぱりしたみぎれいな英俊が、すっかり変身してしまったことが何より嘆かわしい。電車で大きな口を開けて眠る姿を眺めて、〈私〉は「いつ魔法がとけたのか。いつ魔法がとけてこの男は蛙になってしまったのか」と思っています。

正式なプロポーズもないまま実家へ連れて行かれ、「まるで2人で話し合って決めたことのように、すらすらと答えやがった」英俊に、「まんまとはめられた」ことに腹を立てています。

相手に会うことを待ち焦がれるような時間や、眠るのが惜しくて相手を見つめる夜、突然の贈り物に胸を躍らせるような瞬間も、もう二度とない。英俊と結婚してしまえば、そんな機会はもう永遠にないのだと思っています。
・・・・・・・・・・
家に帰るのが億劫で、〈私〉はひとり行きずりのバーに入ります。カウンターへ案内したのは、アフロヘアで頭が三倍ほどにふくれあがった男です。背後のカップルがひそかな笑い声をあげます。相手の顔だけを見つめて、テーブルの上で手を握りあって笑っています。

アフロを、〈私〉はじっと見つめます。頭が三倍にふくれあがったこの人が、今この瞬間、〈私〉を誘ってくれないか。コースターの裏側に電話番号を走り書きしてくれないか。そうしたら〈私〉はきっとついていくだろう、と思っています。

このまま何の変化もなくドラマもなく突入していくのであろう英俊との毎日、それ以外にも可能性があると認識するためになら、どこへだってついていくだろう、と思っています。
・・・・・・・・・・
思い描いていた理想と現実とのギャップを、〈私〉は中々素直に受け入れることができません。かつて眩しく輝いて見えた英俊が凡庸な男に成り下がり、その英俊と始めようとしている暮らしの行く末が思いやられ、希望が持てないでいます。

〈私〉は、唐突に「別れてしまおうか」などと思って、その思いつきに驚くほどわくわくするのです。英俊と別れさえすれば、きっと新しい恋だってできるはずで、わくわくすることも沢山あるだろうし、日常は小さなドラマに彩られるはずだと思うのです。
・・・・・・・・・・
〈私〉の心境はよ~く分かります。分かるのですが、男性の私はどうしても英俊に肩入れしたくなる。 蛙か蠅とは、ちょっとひどいじゃないですか。英俊だって、望んで蛙なんかになったわけではないのですから。

確かに、はっきりプロポーズしないのは英俊が悪いし、半分ごまかして実家へ連れて行くのも卑怯と言えば卑怯なことですが、同じ男からみれば、きっと英俊は言い切るだけの自信がないんだろうなと思ってしまうわけです。

なまじ若い頃チヤホヤされてモテたことが邪魔をして、〈普通の男〉になっただけなのに、英俊自身がどこか卑屈になっているから、堂々と〈私〉に対して物が言えなくなっているのを、どうか気付いてあげてください。私が思うに、英俊はけっこういい奴ですよ。

 

この本を読んでみてください係数  85/100


ドラママチ (文春文庫)

◆角田 光代
1967年神奈川県横浜市生まれ。
早稲田大学第一文学部文芸専修卒業。

作品 「空中庭園」「対岸の彼女」「紙の月」「八日目の蝉」「ロック母」「マザコン」「かなたの子」「私のなかの彼女」「笹の舟で海をわたる」「幾千の夜、昨日の月」ほか多数

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