『カルマ真仙教事件(上)』(濱嘉之)_書評という名の読書感想文
公開日:
:
最終更新日:2024/01/11
『カルマ真仙教事件(上)』(濱嘉之), 作家別(は行), 書評(か行), 濱嘉之
『カルマ真仙教事件(上)』濱 嘉之 講談社文庫 2017年6月15日第一刷
警視庁公安部OBの鷹田は絶句した。カルマ真仙教元信者の死刑囚から、密かに五億円もの金を預かっている男がいたのだ。死刑囚について口を閉ざす男の余命は三ヶ月。二十年の時を経て、あの時が甦る。すべての蛮行に終止符を打ったはずだったのに。自らの捜査経験をもとにした著者渾身の注目作! 【中巻へ続く】(講談社文庫)
この小説は言わずと知れた、あの〈オウム真理教〉に関わる一連の事件を扱った物語です。「物語」と言うにはあまりにリアル、むしろ、(あの頃のあの悍ましい光景がつい昨日のことのように甦る) ドキュメンタリーを読まされているような感じがします。
著者である濱嘉之氏は、警視庁の元警視。当時〈チヨダ〉に在籍し、国家運営に関わる広範な情報を秘密裏に収集する〈情報担当〉として勤務。中でも特にオウム真理教に関しては、誰よりもその内部情報に精通していた人物です。
※小説では、オウム真理教は〈カルマ真仙教〉、教祖の麻原彰晃は〈阿佐川光照〉と名を変えて登場します。〈チヨダ〉とは、警察内における情報収集活動を全国で一括管理する極めて特殊で精鋭な部隊のこと。公安情報の総本山と呼ばれています。
【プロローグ】
鷹田正一郎は、霊峰富士を間近に仰ぐ緑ヶ峰公園に来て一人物思いに耽っています。「緑ヶ峰公園」とは、以前カルマ真仙教のサティアンがあったところ。公園と言えど遊具はなく、そこそこ見栄えのする東屋があるきりで、それでようやく公園だというのがわかります。
中央に石碑があり、「慰霊碑」と記されています。石碑には建立日も建立者の名も入っていません。そこには一本の卒塔婆が身を潜めるように置かれています。
山の方から冷たく乾いた風が吹いてくる中、鷹田は慰霊碑の前で手を合わせて静かに目を瞑った。(中略)思えばこの場所を最後に訪れてから、二十年あまりの月日が流れたことになる。ここへ来るまでの道路の様子は当時からだいぶ変わった。だがこの地から眺める原野の風景は、あの日から何一つ変わっていないような気がした。
鷹田は、元警察庁警備局警備担当補佐であり、元警視庁公安部公安管理官でもあった人物で、訳あって中途退職し、現在はリスクマネジメントを主業務とする[JPマネジメント]の常務をしています。
ある日、それは鷹田がJPマネジメントに来て以来初めてのことだったのですが、彼は社長の藤堂清造から朝一番に呼び出しを受けます。元警察庁キャリアの藤堂は、鷹田が現職当時カルマ真仙教事件を担当していたのを確認した後で、こんなことを話し出します。
藤堂:ところであの時、カルマ真仙教から押収した金はどのぐらいあったんだ。
鷹田:第一サティアンから押収したのは、約十億円の札束と二億円の金の延べ棒です。預金口座には二十億円あり、五億円相当の不動産に加え複数の企業も所有していましたので、総額五十億円ほどだったでしょうか。
頷いた藤堂は、続けて思いもよらないことを言います。
藤堂:実はその他にまだデカい金があったらしいんだ。
鷹田は、藤堂の言うことを俄に信じることができません。彼の知る限りにおいて、あの時のカルマにそんな大金を隠し通す余力があっとはとても思えません。
どこにあったのかと訊く鷹田に、藤堂は「うちのクライアントの貸金庫の中にあるっていうんだよ」と応え、クライアントの名前は曙証券役員の君島信介だと言います。
「君島さん曰く、その金は教団のある男から個人的に預かっていたものだという。そいつは現在、死刑囚なんだそうだ。死刑囚とはいえ本人の承諾なしに所有権を移せないと、君島さんは言うんだ」
保守義務があって名前は言えない。君島さんは昨年末から体調を崩して入院しており、随分と容態が悪いらしい。このまま自分が死んで、あの金が宙に浮いてしまったらと考えたら、急に気が気ではなくなった - 思い悩んだ君島さんから、藤堂はある依頼を受けたのだと言います。
貸金庫にあるのは、現金で五億円。これはすべて死刑囚の財産なのだろうか。親族がいるかどうかはわからない - とすれば遺言という形で相続権が生じる可能性もないことはない・・・・・、いずれにせよ、死刑囚はどうやって五億円もの金をせしめたのか。教団が信者の誰かに金を託したのか。それとも持ち逃げか?
鷹田は、これら一連の経緯を調べてほしいと藤堂から指令を受けます。君島の余命は三ヶ月。すぐに動かなければ時間がありません。こうして鷹田は、二十年以上の時を経て、あの忌まわしい事件の情報担当責任者だった頃の自分に、再び舞い戻ることになります。
※上巻は第一章「端緒」に始まり、第四章「松林サリン事件」(言うまでもなくあの松本サリン事件のことです)で終わります。中巻は8月初旬、下巻は今秋に発売予定。
この本を読んでみてください係数 85/100
◆濱 嘉之
1957年福岡県生まれ。
中央大学法学部法律学科卒業。その後、警視庁入庁。2004年、退職。
作品 「警視庁情報官」シリーズ、「オメガ」シリーズ、「ヒトイチ 警視庁人事一課監察係」シリーズ、「鬼手 世田谷駐在刑事・小林健」他
関連記事
-
『ジウⅢ 新世界秩序 NWO 』(誉田哲也)_書評という名の読書感想文
『ジウⅢ 新世界秩序 NWO 』誉田 哲也 中公文庫 2021年3月25日 改版発行 シリー
-
『笑う山崎』(花村萬月)_書評という名の読書感想文
『笑う山崎』花村 萬月 祥伝社 1994年3月15日第一刷 「山崎は横田の手を握ったまま、無表情に
-
『イモータル』(萩耿介)_書評という名の読書感想文
『イモータル』萩 耿介 中公文庫 2014年11月25日初版 インドで消息を絶った兄が残した「智慧
-
『ここは退屈迎えに来て』(山内マリコ)_書評という名の読書感想文
『ここは退屈迎えに来て』山内 マリコ 幻冬舎文庫 2014年4月10日初版 そばにいても離れて
-
『5時過ぎランチ』(羽田圭介)_書評という名の読書感想文
『5時過ぎランチ』羽田 圭介 実業之日本社文庫 2021年10月15日初版第1刷
-
『グ、ア、ム』(本谷有希子)_書評という名の読書感想文
『グ、ア、ム』本谷 有希子 新潮文庫 2011年7月1日発行 北陸育ちの姉妹。長女は大学を出た
-
『合意情死 がふいしんぢゆう』(岩井志麻子)_書評という名の読書感想文
『合意情死 がふいしんぢゆう』岩井 志麻子 角川書店 2002年4月30日初版 「熊」とあだ名
-
『愚者の毒』(宇佐美まこと)_書評という名の読書感想文
『愚者の毒』宇佐美 まこと 祥伝社文庫 2017年9月10日第4刷 1985年、上
-
『ファイナルガール』(藤野可織)_書評という名の読書感想文
『ファイナルガール』藤野 可織 角川文庫 2017年1月25日初版 どこで見初められたのか、私には
-
『境界線』(中山七里)_書評という名の読書感想文
『境界線』中山 七里 宝島社文庫 2024年8月19日 第1刷発行 『護られなかった者たちへ