『あくてえ』(山下紘加)_書評という名の読書感想文

公開日: : 最終更新日:2024/01/05 『あくてえ』(山下紘加), 作家別(や行), 山下紘加, 書評(あ行)

『あくてえ』山下 紘加 河出書房新社 2022年7月30日 初版発行

怒濤である。出口のない日々を生きる人間の肉声が、一切の歪みなしに吹き込まれている。- 宇佐見りん

19歳の小説家志望と90歳甲州弁のばばあ、溢れる悪態あくてえの応酬

あたしの本当の人生はこれから始まる。小説家志望のゆめは90歳の憎たらしいばばあと母親と3人暮らし。ままならなさを悪態に変え奮い立つ、19歳のヘヴィな日常。第167回芥川賞候補作。(河出書房新社)

ゆめの母・きいちゃんにとって、今やばばあは (何の義理もない)あかの他人でしかありません。離婚した元夫の母であるばばあは、息子 (きいちゃんの元夫) の再婚相手と折り合わず、もといた家へ “出戻って“ いるのでした。

にもかかわらず、ばばあはそれを一向に気にする気配がありません。言いたい放題、したい放題のばばあに対し、怒るどころか、きいちゃんは常に献身的に尽くします。勝手に過ぎるふるまいや無茶な要求にも、文句一つ言いません。

ゆめは、ばばあに対するそんなきいちゃんの態度に我慢がなりません。そこまでしてなぜばばあを庇うのか。それが理解できません。たまらずそれをきいちゃんに質すのですが、結局きいちゃんの苦労を思うと、ゆめもまたばばあの面倒を見ざるを得ません。

八方塞がりの中、今ある生活や自分の将来を思うとき、ゆめはばばあに対し、上手く言葉が見つけられずに、時に激しく悪態 (あくてえ)をついてしまうのでした。

本を閉じても耳に残る不協和音 評者:金原ひとみ/朝日新聞掲載:2022年09月24日

主人公、ゆめは十九歳の小説家志望で、文芸誌に小説を投稿しながら派遣社員として働き、家計を支えている。家族は母親のきいちゃんと、九十歳の父方の祖母、ばばあ。

きいちゃんは人が良く、父親がよそに家庭を作り出て行った後も献身的にばばあの介護を続けているが、ゆめは不潔で自分勝手なばばあの一挙一動が許せず、顔を合わせればあくてえ (悪態) の言い合いとなり、きいちゃんに対してもなぜそこまでしてやるのかと解せない思いでいる。 しかしきいちゃんはばばあに対して、体が弱かった幼いゆめの育児を手伝うため故郷から上京してもらったという恩義を感じているのだ。

刺々 (とげとげ) しいゆめと図々 (ずうずう) しいばばあの罵 (ののし) り合いは、もはや現代人が忘れかけている加虐と被虐の快感すら思い出させる。もっとやれ、と格闘技を見ているかのようなアドレナリンが出るが、これが現代社会の最小単位の共同体で起こっている現実だと突きつけられる痛みも同時に湧き上がる。

(中略)

許せないもの、耐え難いものを直視し続け、己の中の卑しい欲望と感情を掻 (か) き乱されるような読書の中で、それでも何かしらの救いがこの三人に、ゆめだけにでも訪れますようにという願いを抱かずにはいられないが、その願いこそがまさに彼らに届かない欺瞞 (ぎまん) だと嘲笑 (あざわら) われるような気分で本を閉じることとなった。(以下略/「好書好日」 より抜粋)

※前から読みたいと思っていた本が、やっと読めました。

肉親だからこそ 「言ってしまう」「言えてしまう」 ことがあります。育ててもらった恩を忘れて吐く暴言は、吐くと同時に自分が情けなくなります。もっと冷静に、もっと違う言葉で言えばよかった。伝えたいのは、そんなことではなかったのにと。

 この本を読んでみてください係数/ 85/100

◆山下 紘加
1994年東京都生まれ。

作品 2015年、「ドール」 で第52回文藝賞を受賞しデビュー。著書に 「クロス」「エラー」 がある。22年、「あくてえ」 で第167回芥川龍之介賞候補。

関連記事

『心淋し川』(西條奈加)_書評という名の読書感想文

『心淋し川』西條 奈加 集英社文庫 2023年9月25日 第1刷 「誰の心にも淀み

記事を読む

『愛すること、理解すること、愛されること』(李龍徳)_書評という名の読書感想文

『愛すること、理解すること、愛されること』李 龍徳 河出書房新社 2018年8月30日初版 謎の死

記事を読む

『合理的にあり得ない』(柚月裕子)_書評という名の読書感想文

『合理的にあり得ない』柚月 裕子 講談社文庫 2020年5月15日第1刷 上水流涼

記事を読む

『影裏』(沼田真佑)_書評という名の読書感想文

『影裏』沼田 真佑 文藝春秋 2017年7月30日第一刷 北緯39度。会社の出向で移り住んだ岩手の

記事を読む

『いのちの姿/完全版』(宮本輝)_書評という名の読書感想文

『いのちの姿/完全版』宮本 輝 集英社文庫 2017年10月25日第一刷 自分には血のつながった兄

記事を読む

『海』(小川洋子)_書評という名の読書感想文

『海』小川 洋子 新潮文庫 2018年7月20日7刷 恋人の家を訪ねた青年が、海か

記事を読む

『沈黙の町で』(奥田英朗)_書評という名の読書感想文

『沈黙の町で』奥田 英朗 朝日新聞出版 2013年2月28日第一刷 川崎市の多摩川河川敷で、

記事を読む

『風味絶佳』(山田詠美)_書評という名の読書感想文

『風味絶佳』山田 詠美 文芸春秋 2008年5月10日第一刷 70歳の今も真っ赤なカマロを走ら

記事を読む

『犯罪小説集』(吉田修一)_書評という名の読書感想文

『犯罪小説集』吉田 修一 角川文庫 2018年11月25日初版 田園に続く一本道が

記事を読む

『臣女(おみおんな)』(吉村萬壱)_書評という名の読書感想文

『臣女(おみおんな)』吉村 萬壱 徳間文庫 2016年9月15日初版 夫の浮気を知った妻は身体が巨

記事を読む

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

『ついでにジェントルメン』(柚木麻子)_書評という名の読書感想文

『ついでにジェントルメン』柚木 麻子 文春文庫 2025年1月10日

『逃亡』(吉村昭)_書評という名の読書感想文

『逃亡』吉村 昭 文春文庫 2023年12月15日 新装版第3刷

『対馬の海に沈む』 (窪田新之助)_書評という名の読書感想文

『対馬の海に沈む』 窪田 新之助 集英社 2024年12月10日 第

『うたかたモザイク』(一穂ミチ)_書評という名の読書感想文

『うたかたモザイク』一穂 ミチ 講談社文庫 2024年11月15日

『友が、消えた』(金城一紀)_書評という名の読書感想文

『友が、消えた』金城 一紀 角川書店 2024年12月16日 初版発

→もっと見る

  • 3 にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
PAGE TOP ↑