『ママナラナイ』(井上荒野)_書評という名の読書感想文
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最終更新日:2024/01/05
『ママナラナイ』(井上荒野), 井上荒野, 作家別(あ行), 書評(ま行)
『ママナラナイ』井上 荒野 祥伝社文庫 2023年10月20日 初版第1刷発行
いつだって、心も体もママナラナイ。老いも若きも、男も女も、心と体は刻々と変化してゆく - 。制御不能な心身を描いた、極上の10の物語。
不動産会社に勤める斉藤尚弥は最近、何もかもうまくいかない。下半身も心も折れてしまい、おまけに仕事も絶不調 - とある夫婦宅の立ち退き交渉が難航していたのだ。夫人によれば、立ち退きを拒否しているのは夫の方らしい。夫人の協力を得て交渉を続けるうち、思いもよらない事実が判明し - (「ママナラナイ」)。表題作ほか、身体の変化を巡る十編を収録した珠玉の短編集。(祥伝社文庫)
(十篇全部に) なんだか “妖しい“ 気配がしてなりません。大の大人がする邪な関係や、致し方のない交わりや。と思えば、若かりし頃の滾るような劣情や。切ない思いや甘やかさとともに、その時々に感じたであろう “ままならなさ“ を、今もあなたは覚えているでしょうか。
- 最初の 「ダイヤモンドウォーター」 で主役を務めるのは、小学生の 〈私〉 こと琉々である。開巻早々、琉々が 「姉さん」 と会ったという話が紹介される。二人はカフェに入り、姉さんは 「シャルラ」 という飲み物を頼む。短いエピソードなのだが、違和感を受けることは否めない。
そもそも 「会うのははじめてだったのに、なぜか見た瞬間に姉さんだとわかった」 というくらいだから、当たり前の姉妹ではないのだろう。この姉が教えてくれるのが 「ダイヤモンドウォーター」 の秘密なのだ。
井上短篇では、読者は説明のないままにまず状況の中に投げ込まれる。「姉さん」 に関する琉々の回想は不自然だが、そのいびつさの源が何であるかは知らされないのである。「ダイヤモンドウォーター」 が意味するもの、琉々がなぜそれについて語っているかがわかったとき、初めて理解が訪れる。
この短篇の場合は比較的早い段階で種明かしが行われるが、しばらくわからないままのこともある。たとえば三話目の 「静かな場所」 では、主人公・沙織の抱えている日常への違和感は、何が原因なのか不明である。それがわかるのは小説の終わりで、実に印象的な三行で物語は締めくくられる。
宙吊りのまま話が進行し、おそらくは人間関係や恋愛模様といったものに由来すると思われるが、正体のよく見えない不全感に気持ちが縛られる。それが井上短篇の基本だ。(以下略/解説より)
※十篇皆が、みごとというしかない終わりを迎えます。しいて言うなら、それが最も 「現実的」 であろうと、そんな思いに至る結末です。
この本を読んでみてください係数 85/100
◆井上 荒野
1961年東京都生まれ。
成蹊大学文学部英米文学科卒業。
作品 「虫娘」「ほろびぬ姫」「切羽へ」「つやのよる」「誰かの木琴」「ママがやった」「赤へ」「その話は今日はやめておきましょう」「あちらにいる鬼」「生皮」「あたしたち、海へ」他多数
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