『未必のマクベス』(早瀬耕)_書評という名の読書感想文

『未必のマクベス』早瀬 耕 ハヤカワ文庫 2017年7月25日発行


未必のマクベス (ハヤカワ文庫JA)

IT企業Jプロトコルの中井優一は、東南アジアを中心に交通系ICカードの販売に携わっていた。同僚の伴浩輔とともにバンコクでの商談を成功させた優一は、帰国の途上、澳門(マカオ)の娼婦から予言めいた言葉を告げられる -「あなたは、王として旅を続けなくてはならない」。やがて香港の子会社の代表取締役として出向を命じられた優一だったが、そこには底知れぬ陥穽が待ち受けていた。異色の犯罪小説にして、痛切なる恋愛小説。伝説のデビュー作『グリフォンズ・ガーデン』から22年 - 運命と犯罪と恋についての長篇第2作。(「BOOK」データベースより)

帯に、 読後、ただ立ち尽した。物語を一緒に生きる」 という体験。本の形をしたラブレター。 とあります。

久しぶりに痺れるような読書体験をしました。600ページ余りある長篇を、あっという間に読み終えてしまいました。

香港、澳門(マカオ)、ホーチミン、バンコクなど、もしもあなたがそれらの街に実際に行ったことがあるなら、尚のこと面白く読めるはずです。

中に出てくる食べ物や飲み物が、何か特別であるかのように感じられます。(とりわけ雲呑麵(わんたんめん)とキューバリブレ) 例えて言うと村上春樹の小説に出てくる〈ビール〉のように、無性に飲みたくなったり、ぜひにも食べてみたくなります。

 

中井優一と鍋島冬香は、同じ高校の元同級生。入学から卒業までの三年間、二人は同じクラスで過ごします。その上、(名前のせいで)二人の出席番号はいつも隣り合わせ。優一からすると、つまりは、彼女は三年間、常に彼の後ろの席に座っていたのでした。

二人は、(いかにもその頃の男女にありがちな)未熟な関係で、優一に対する冬香の恋の表明はあまりに稚拙で、彼は彼女の気持ちを汲み取ることができません。優一にとってその頃の冬香は近すぎた存在で、彼は、むしろ彼女をないがしろに扱ったりします。

その後、冬香は東京郊外の女子大学の数学科に進学することが決まります。そのときも、そう、「なんで、三年生に上がるとき、文系コースにしたの? 」と訊く優一に、冬香は、「何でだったかな・・・・・・・。忘れちゃった。中井は、浪人するの? 」- 自分の気持ちを素直に言えず、ごまかすように話を変えます。

「そうだよ。私立は受けなかったから」 「そっか。じゃあ、もう出席番号で並ぶこともなくなるね」 「浪人しなくても、女子大には行かない」- そんなふざけたやり取りが、長い再会までの最後の会話になります。

けれども、ぼくは、それ以来、鍋島のことを忘れた日がほとんどない。彼女を思い出さなかったのは、インフルエンザで寝込んだときと、パソコン通信が繋がらないマチュ・ピチュに旅行したときの十数日くらいだと思う。予備校のパソコン室でログインIDを与えられて以来、大学でも、就職後も、ぼくのログイン・パスワードは、鍋島の名前にいくつかの数字や記号を組み合わせたものだった。ぼくは、毎朝、昼休みの後、会議の後、仕事が終わって自宅のパソコンを開けるとき、そのたびに “fuyuka” とキーボードに入力して、彼女を思い出す。

以上、これはほんの前段にあたる部分です。

では、(それはさておき) 肝心の 『未必のマクベス』って何のこと? と思われている読者の皆さん、どうかご安心ください。

ここでは敢えて書かずにおきますが、物語の冒頭、二人の馴れ初めを語る場面の中に、併せてなぜこんなタイトルが付いているのか、その端緒を示すエピソードが詳しく記されています。そして、ページが進むにつれ、それはより鮮明になっていきます。

マクベスになりたいわけではないが、なってもかまわない」と決めた男と、地の果てまでも男を慕う女の話を、こころゆくまで堪能ください。何も考えず、とりあえず読み出してください。そのうち(読むのが)止まらなくなります。

【未必】 必ずしもそうなるものではない、といった意味合いの表現。もっぱら「未必の故意」という刑法用語で用いられ、意図的に実現を図るものではないが、実現されたらされたで構わないとする心情や態度を指す表現。

【マクベス】 シェイクスピアによって書かれた戯曲。勇猛果敢だが小心な一面もある将軍マクベスが妻と謀って主君を暗殺し王位に就くが、内面・外面の重圧に耐え切れず錯乱して暴政を行い、貴族や王子らの復讐に倒れる。実在のスコットランド王マクベスをモデルにしている。

 

この本を読んでみてください係数 90/100


未必のマクベス (ハヤカワ文庫JA)

◆早瀬 耕
1967年東京都生まれ。
一橋大学商学部経営学科卒業。

作品 1992年、「グリフォンズ・ガーデン」で作家デビュー。2014年、22年ぶりの長篇第2作となる本書を発表する。

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