『対岸の彼女』(角田光代)_書評という名の読書感想文

公開日: : 最終更新日:2016/09/24 『対岸の彼女』(角田光代), 作家別(か行), 書評(た行), 角田光代

『対岸の彼女』角田 光代 文春文庫 2007年10月10日第一刷


対岸の彼女 (文春文庫)

 

専業主婦の小夜子は、ベンチャー企業の女社長、葵にスカウトされ、ハウスクリーニングの仕事を始めるが・・・。結婚する女、しない女、子供を持つ女、持たない女、それだけのことで、なぜ女どうし、わかりあえなくなるんだろう。多様化した現代を生きる女性の、友情と亀裂を描く傑作長編。第132回直木賞受賞作。(文春文庫解説より)

世の中の30歳代の女性というのはいかばかりか生き難いのか - それがとてもよくわかる小説です。

同じ年頃の男性に迷いが無いのかと言えばそうではありません。そうではないのですが、たぶん、男性の抱えるそれは、女性が思い悩むほどには細やかでもややこしいものでもありません。

ではなぜそうなのかと言えば、まずは一にも二にも「結婚」- 結婚するかしないか(またはできるかできないか)でその後の生き方がまったく違ったものになるということです。(おそらく30歳の半ばあたりが山場なのでしょう)

断っておきますが、結婚すればいいと言っているわけではありません。結婚するかしないかの選択が、その後に大きく影響を及ぼすということです。その度合いは、男性と較べて女性の方がはるかに大きく、かつ深刻です。

なぜなら、そもそもが男社会を前提にした話ですので、ほとんどの場合、女性は否応なしに受動的な立ち位置に追いやられてしまいます。結婚しても然り、しなければしないで、男社会の中でより厳しい現実を生き延びる手立てを確保しなければなりません。

結婚したからと言って仕事を辞める男性はいません。ところが、まず、女性はそこで岐路に立たされます。その次は、結婚よりもさらに切実な問題。「妊娠と出産」、その後に待ち受ける「育児」の問題です。育児の責務を前にして、大概の女性は怯みます。

子供が親を選べぬように、親にしてみても選んで子供を授かるわけではありません。気の遠くなるほどの偶然を重ねた末に、運命的に「わが子」として生まれ出た命。であるからこそ誰より愛しく、わが身を賭して慈しみ、子の不幸は己の不幸として嘆き悲しむのです。母ならば尚のこと。母にとってのわが子は、まごうことなき体の一部なのですから。
・・・・・・・・・・
登場するのは、田村小夜子、樽橋葵、野口魚子(ナナコ)、という3人の女性です。小夜子と葵が出会うのは大人になってから。葵とナナコは、高校の同級生です。彼女らは、共に35歳。同じ時代を生きてきたはずの3人が、今ではまるで違う人生を歩んでいます。

小夜子は、東京で暮らすごく平凡な専業主婦。勤めていた映画の配給会社を結婚と同時に辞め、3歳になる娘がいます。彼女は人と接するのが苦手で、娘のあかりを連れて公園へ行くことさえ重荷に感じています。

小夜子は、公園のママ仲間たちに馴染むことができません。そのせいかどうかは分からないのですが、娘のあかりも上手く子供達の輪に入れずにいます。娘の姿を見るにつけ、小夜子は人付き合いが苦手な自分に重ね合わせては鬱々としています。

そんな小夜子が、あることをきっかけに「仕事をしよう」と思い立ちます。幾度も面接に落ちた挙句やっとのことで採用されたのが、プラチナ・プラネットという小さな旅行会社。その会社の女社長が、樽橋葵。話してみると、2人は同じ大学を出ていることが分かります。

葵は、中学の卒業式までは神奈川に住んでいました。横浜市磯子市のマンションにいたのですが、いじめが原因で群馬の片田舎へ引っ越すことになります。そこで出会ったのが、ナナコです。

「魚子」と書いて、ナナコと読みます。彼女は、初対面の葵にいきなり親しげに話しかけてきます。葵は最初「変な人かも知れない」と思うのですが、クラスのどのグループにも属さず、飄々とした態度を貫くナナコに惹かれ、2人は次第に親密な関係になっていきます。
・・・・・・・・・・
小夜子が主人公、でいいのですが、おそらく読ませるのは葵の方だと思います。高校生の頃の葵と、35歳になってベンチャー企業の社長をしている葵とは、まるで別人です。

葵を変えたのは、ナナコです。ナナコと出会い、ナナコと過ごすうちに、葵はそれまでの自分と決別し、新たな生き方を見つけていきます。そのターニング・ポイントとなるのが、大学3年生のときに出かけた南アジアへの一人旅です。

一方、田村小夜子にとっては、大人になった葵との出会いが大きなターニング・ポイントとなります。一旦は仕事を諦めかける小夜子ですが、彼女もまた何かに突き動かされるようにして葵の元へ戻ります。

思えば、小夜子と葵は対岸にいて、互いに交わることのなかった関係です。かつての葵とナナコも同様で、高校生の頃は葵が小夜子で、ナナコこそが今在る葵だったのです。

 

この本を読んでみてください係数  85/100


対岸の彼女 (文春文庫)

◆角田 光代
1967年神奈川県横浜市生まれ。
早稲田大学第一文学部文芸専修卒業。

作品 「空中庭園」「かなたの子」「紙の月」「八日目の蝉」「ロック母」「マザコン」「だれかのいとしいひと」「ドラママチ」「それもまたちいさな光」「笹の舟で海をわたる」「幾千の夜、昨日の月」ほか多数

関連記事

『金賢姫全告白 いま、女として』(金賢姫)_書評という名の読書感想文

『金賢姫全告白 いま、女として』金 賢姫 文芸春秋 1991年10月1日第一刷 いま、女として

記事を読む

『とにかくうちに帰ります』(津村記久子)_書評という名の読書感想文

『とにかくうちに帰ります』津村 記久子 新潮社 2012年2月25日発行 とにかくうちに帰りま

記事を読む

『死んでもいい』(櫛木理宇)_彼ら彼女らの、胸の奥の奥

『死んでもいい』櫛木 理宇 早川書房 2020年4月25日発行 死んでもいい (ハヤカワ文庫

記事を読む

『蛇を踏む』(川上弘美)_書評という名の読書感想文

『蛇を踏む』川上 弘美 文芸春秋 1996年9月1日第一刷 蛇を踏む (文春文庫) ミドリ公園に

記事を読む

『終の住処』(磯崎憲一郎)_書評という名の読書感想文

『終の住処』磯崎 憲一郎 新潮社 2009年7月25日発行 終の住処 (新潮文庫) 妻はそれ

記事を読む

『国境』(黒川博行)_書評という名の読書感想文(その1)

『国境』(その1)黒川 博行 講談社 2001年10月30日第一刷 国境 上 (文春文庫)

記事を読む

『奴隷商人サラサ/生き人形が見た夢』(大石圭)_書評という名の読書感想文

『奴隷商人サラサ/生き人形が見た夢』大石 圭 光文社文庫 2019年2月20日初版 奴隷商人

記事を読む

『白砂』(鏑木蓮)_書評という名の読書感想文

『白砂』鏑木 蓮 双葉文庫 2013年6月16日第一刷 白砂 (双葉文庫) 苦労して働きなが

記事を読む

『キッドナップ・ツアー』(角田光代)_書評という名の読書感想文

『キッドナップ・ツアー』角田 光代 新潮文庫 2003年7月1日発行 キッドナップ・ツアー (

記事を読む

『路上のX』(桐野夏生)_書評という名の読書感想文

『路上のX』桐野 夏生 朝日新聞出版 2018年2月28日第一刷 路上のX こんなに叫ん

記事を読む

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

『妻は忘れない』(矢樹純)_書評という名の読書感想文

『妻は忘れない』矢樹 純 新潮文庫 2020年11月1日発行

『本性』(黒木渚)_書評という名の読書感想文

『本性』黒木 渚 講談社文庫 2020年12月15日第1刷 本

『庭』(小山田浩子)_書評という名の読書感想文

『庭』小山田 浩子 新潮文庫 2021年1月1日発行 庭(新潮

『プリズム』(百田尚樹)_書評という名の読書感想文

『プリズム』百田 尚樹 幻冬舎文庫 2014年4月25日初版

『ナキメサマ』(阿泉来堂)_書評という名の読書感想文

『ナキメサマ』阿泉 来堂 角川ホラー文庫 2020年12月25日初版

→もっと見る

  • 3 にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
PAGE TOP ↑