『その日東京駅五時二十五分発』(西川美和)_書評という名の読書感想文

『その日東京駅五時二十五分発』西川 美和 新潮文庫 2015年1月1日発行


その日東京駅五時二十五分発 (新潮文庫)

 

ぼくは何も考えてない。ぼくは、何も何もできない。頑張って、モールス信号を覚えたって、まだ、空は燃えている - 。終戦の日の朝、19歳のぼくは東京から故郷・広島へ向かう。通信兵としての任務は戦場の過酷さからは程遠く、故郷の悲劇からも断絶され、ただ虚しく時代に流されて生きるばかりだった。淡々と、だがありありと「あの戦争」が甦る。広島出身の著者が挑んだ入魂の物語。(新潮文庫解説より)

2010年の夏、西川美和は、家族から父方の祖父が書いたという手記を手渡されます。それには、1945年の春に召集されてから終戦を迎えるまでの3ヶ月、陸軍特種情報部の傘下で通信兵としての訓練を受けたという祖父の体験が、淡々と、簡素な文体で綴られています。

それは紛れもなく戦争体験を綴ったものではあったのですが、他とは違い、一発の銃弾も放たず、辛く厳しい軍隊生活もそう長くは強いられず、劇的なことは何も起こらぬまま帰ってきてしまったという、まるで戦争の核心から疎外されたようなものでした。

時代に巻き込まれ、戦争への参加を余儀なくされながらも、完全なるコミットを果たせぬままに放り出された宙ぶらりんな少年の境遇が、西川美和の寄る辺ない気持ちとどこか重なる気がした - それがために彼女はこの小説を書くことを思い立ったのだそうです。

彼女のいう「寄る辺ない気持ち」とはいかなるものでしょう。

彼女は、「どうして私たちは、自分の知らない時代の者たちの起こした戦争の、嫌な話や、悲しい話を聞きながら育たなければならないのだろう」- 広島で生まれ育った西川美和は、ずっとそう思っていたそうです。

日本人として、広島に生まれた者として、「知っとかなきゃいけない」というのは理屈では分かっていても、殺したり、殺されたり、焼いたり、焼かれたり、そんな話ばかりを聞かされるのが、頭が割れるくらいに嫌だったといいます。

大きな戦争とは歴史的に無縁の国があるとしたら、そこの国の子どもたちはどんなにいいだろうかと夢想したりします。どんなに見たり聞いたりしたところで、実際に経験してもいないことを、さも経験したもののように感じろと言われることに我慢がならなかったのでした。

「知るもの」と「知らないもの」には、永久に立ちはだかる絶対的な壁があると分かっていながら、戦争の残した翳りとは決して無関係には生きて行けないという事実。その相反する現実に揺れ惑う気持ちが、手記に綴られた少年の空疎な戦争体験とみごとにリンクしたのです。
・・・・・・・・・・
「ぼく」と益岡は、同じ19歳。「ぼく」は土嚢の山の上に肘をついて半身を起し、益岡の顔をじっと見下ろしています。時刻は、夜中の1時半。駅舎とは反対の丸ノ内の街を見渡すと、丸ビルの周辺のあちこちで、小さな焚き火が鬼火のように点々と炎を立てています。

時節は8月、暑さが盛りの頃です。彼らは、今や身分を証明するものを何一つ持ち合わせていません。階級章も、軍隊手帳も、焼けと言われたから全部焼きました。2人のいた陸軍通信隊初年兵25名が現金400円を手渡され、その場で解散となった時のことです。

2人がいるのは、東京駅。東海道線の始発、五時二十五分発の大阪行きの汽車を待っています。益岡は終点の大阪、「ぼく」はさらに乗り継いで故郷の広島へ帰ろうとしています。このとき2人は、すでに日本が敗れ、この戦争が終わったことを知っています。

情報部の中枢で働いていた彼らにはいち早く日本が敗けたことが知らされ、速やかに全ての機密資材、紙切れ一枚に至るまでの焼却を済ませたと思いきや、早々に部隊が解散されたのでした。彼らは半信半疑のまま、各々が故郷を目指して帰路に着きます。

富士山がとうに過ぎた頃のことです。汽車は、いつの間にか停まっています。窓の外を見ると、サイレンの鳴り響く街には焼け野原が広がっており、高く昇った太陽が厳しく照りつけています。

「さっきから様子が変なんです。ほら」と、向かいに座る母親の指さす方向を見ると、2、30メートルほど離れたところに、半分壊れた駐在所があり、その入り口に人だかりができています。みんな、何かを訴えるでもなく、黙って直立不動になっています。

一帯は、おかしなくらいに静かです。やがて、熱く蒸された風に乗って、微かな細い旋律が彼らの耳に運ばれてきます。
「曲が流れてる」
「シッ。・・・」
- 君が代。と、3人が声をそろえます。時は8月15日。ちょうど昼をまわった頃のことです。

 

この本を読んでみてください係数 85/100


その日東京駅五時二十五分発 (新潮文庫)

◆西川 美和
1974年広島県広島市安佐南区生まれ。
早稲田大学第一文学部美術史学専修卒業。映画監督、脚本家。

作品 「蛇イチゴ」「ゆれる」「ユメ十夜」「ディア・ドクター」「そして父になる」「きのうの神さま」「永い言い訳」他

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