『眺望絶佳』(中島京子)_書評という名の読書感想文

公開日: : 最終更新日:2017/05/23 『眺望絶佳』(中島京子), 中島京子, 作家別(な行), 書評(た行)

『眺望絶佳』中島 京子 角川文庫 2015年1月25日初版


眺望絶佳 (角川文庫)

 

藤野可織が書いている解説に、とても感心しました。文庫の帯には、「本書は、神様を持たない人に神様をくれる本だと思う」と大書してあります。彼女はその理由について、自分には神様がいないと言い、まずその説明を始めるのですが、それがいいのです。

お墓とか仏壇とか檀家とか、そういうものと「信心」が結びついていない、と言います。日頃は神仏を崇めるような生活をしていないのに、必要のあるときだけ都合よく、数珠を巻いてみたり拝んでみたりして、信心のあるようなふるまいをしていると言うのです。

自分が嘘をついているのにちょっとだけ傷つき、同時に自分が立派に空気を読んだふるまいをしていることをちょっとだけ誇りに思います。

ここまで、どうですか? 失礼を承知で言いますが、大多数の方の「信心」とは、まことにこの程度ではないのでしょうか。彼女が宗教を頼みにしないのは、宗教と縁が薄いからと言って表立って批判もされないし、既成の神様はどこか敷居が高いと感じているからです。

習慣や義務を課すようなものは、はっきり言って迷惑だと言います。何もかもを瞬く間に解決して、すべてから解放してくれる都合のいい神様なんて存在するわけはない。中学生の頃に読んだ遠藤周作の小説も、一旦は感心するものの、すぐに忘れてしまう彼女です。

これが、藤野可織の神様がいない理由です。そして、彼女がほしい神様とは、「私たちみんなが、たった一人でつかみどころがなくて理解の及ばないものと必死で戦っていることを、ときどき思い出させてくれる神様」なのです。

長くなりましが、藤野可織がほしいと願う神様が、この小説『眺望絶佳』には間違いなくいるんですよと彼女は結んでいます。もちろん、スカイツリーや東京タワーが神様ですという単純な話ではなく、神様の存在を知らしめるための象徴としてあるわけです。

スカイツリーから東京タワーに宛てた手紙に続いて8つの短い話が綴られた後、最後に東京タワーからスカイツリーに向けての返信が準備されています。8つの短編はそれぞれ違った趣きで、どれもがふたつの電波塔と関連している話ではありません。

なぜ往復書簡の間にこれらの短編が差し挟まっているのか、どこにも理由は書かれていませんし、さらっと読んだ(読めてしまうのですが)だけでは、正直確かな意味は掴めないと思います。それほどにそれぞれの話は独立して、一貫性がありません。

ここでまた、藤野解説を頼らなければなりません。藤野可織曰く、8つの短編にはふたつの共通点があると言います。その共通するものをして、日本で一番と二番目に高い建物である電波塔同士の手紙に挟まれている意味がある、と解説しているのです。

スカイツリーと東京タワーに与えられた宿命、8つの物語が示唆する「人」としての宿命、なぜ藤野可織は「神様」の存在をいの一番に取上げたのか。

それは書かずにおきたいと思います。ただ、この小説はこの程度の準備をしてから読む方が内容をよく吟味できると思います。ひとつひとつの話をぶつ切りにせず、全体の構成上必然的に今はこの話が語られているんだということを意識しながら読めば、見えないものが見えてくるように感じられます。

 

この本を読んでみてください係数 80/100


眺望絶佳 (角川文庫)

◆中島 京子
1964年東京都生まれ。
東京女子大学文理学部史学科卒業。

作品 「FUTON」「イトウの恋」「均ちゃんの失踪」「冠・婚・葬・祭」「小さいおうち」「妻が椎茸だったころ」他

◇ブログランキング

いつも応援クリックありがとうございます。
おかげさまでランキング上位が近づいてきました!嬉しい限りです!
にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ

関連記事

『ダンデライオン』(中田永一)_書評という名の読書感想文

『ダンデライオン』中田 永一 小学館 2018年10月30日初版 ダンデライオン 「くちびる

記事を読む

『湯を沸かすほどの熱い愛』(中野量太)_書評という名の読書感想文

『湯を沸かすほどの熱い愛』中野 量太 文春文庫 2016年10月10日第一刷 湯を沸かすほどの

記事を読む

『贖罪の奏鳴曲(ソナタ)』(中山七里)_書評という名の読書感想文

『贖罪の奏鳴曲(ソナタ)』中山 七里 講談社文庫 2013年11月15日第一刷 贖罪の奏鳴曲

記事を読む

『ゆれる』(西川美和)_書評という名の読書感想文

『ゆれる』西川 美和 文春文庫 2012年8月10日第一刷 ゆれる (文春文庫) &nb

記事を読む

『玉瀬家の出戻り姉妹』(まさきとしか)_書評という名の読書感想文

『玉瀬家の出戻り姉妹』まさき としか 幻冬舎文庫 2023年9月10日初版発行 まさ

記事を読む

『義弟 (おとうと)』(永井するみ)_書評という名の読書感想文

『義弟 (おとうと)』永井 するみ 集英社文庫 2019年5月25日第1刷 義弟 (集英社文

記事を読む

『切願 自選ミステリー短編集』(長岡弘樹)_書評という名の読書感想文

『切願 自選ミステリー短編集』長岡 弘樹 双葉文庫 2023年3月18日第1刷発行

記事を読む

『毒母ですが、なにか』(山口恵以子)_書評という名の読書感想文

『毒母ですが、なにか』山口 恵以子 新潮文庫 2020年9月1日発行 毒母ですが、なにか (

記事を読む

『ドラママチ』(角田光代)_書評という名の読書感想文

『ドラママチ』角田 光代 文春文庫 2009年6月10日第一刷 ドラママチ (文春文庫)

記事を読む

『線の波紋』(長岡弘樹)_書評という名の読書感想文

『線の波紋』長岡 弘樹 小学館文庫 2012年11月11日初版 線の波紋 (小学館文庫)

記事を読む

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

『小島』(小山田浩子)_書評という名の読書感想文

『小島』小山田 浩子 新潮文庫 2023年11月1日発行

『あくてえ』(山下紘加)_書評という名の読書感想文

『あくてえ』山下 紘加 河出書房新社 2022年7月30日 初版発行

『ママナラナイ』(井上荒野)_書評という名の読書感想文

『ママナラナイ』井上 荒野 祥伝社文庫 2023年10月20日 初版

『猫を処方いたします。』 (石田祥)_書評という名の読書感想文

『猫を処方いたします。』 石田 祥 PHP文芸文庫 2023年8月2

『スモールワールズ』(一穂ミチ)_書評という名の読書感想文

『スモールワールズ』一穂 ミチ 講談社文庫 2023年10月13日

→もっと見る

  • 3 にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
PAGE TOP ↑