『沈黙博物館』(小川洋子)_書評という名の読書感想文
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最終更新日:2024/01/11
『沈黙博物館』(小川洋子), 作家別(あ行), 小川洋子, 書評(た行)
『沈黙博物館』小川 洋子 ちくま文庫 2004年6月9日第一刷
耳縮小手術専用メス、シロイワバイソンの毛皮、切り取られた乳首・・・・・・・「私が求めたのは、その肉体が間違いなく存在しておったという証拠を、最も生々しく、最も忠実に記憶する品なのだ」- 老婆に雇われ村を訪れた若い博物館技師が死者たちの形見を盗み集める。形見たちが語る物語とは? 村で頻発する殺人事件の犯人は? 記憶の奥深くに語りかける忘れられない物語。解説/堀江敏幸(ちくま文庫)
(死と隣り合うような村に来て)死に魅入られたのは、一人若い博物館技師だけではありません。古ぼけた屋敷に住まう100歳にもなろうかという老婆をはじめ、まだ幼い年齢の老婆の養女、老婆に仕える庭師夫婦もまた同様で、
別に登場する 「沈黙の伝道師」 なる人物もそうなら、思えば村全体がすでに命のない人々の住む場所なのかもしれず、どこにある、どんな土地かも判然としません。
登場する人物らすべてに名前はなく、どこの国かもわからない片田舎のはずれの台地に建つ古く広大な屋敷。隣には母屋に匹敵するほどの堂々した構えの厩舎があり、それを改築しこの世に二つとない博物館を創る - それが為に若い博物館技師はやって来たのでした。
「私が目指しているのは、お前ら若造が想像もできんくらい壮大な、この世のどこを探したって見当たらない、しかし絶対に必要な博物館なのじゃ。一度取り掛かったら、途中で放り出すわけにはいかない。博物館は増殖し続ける。拡大することはあっても、縮小することはありえない。まあ、永遠を義務づけられた、気の毒な存在とも言えよう。
ひたひたと増え続ける収蔵品に恐れおののいて逃げ出したら、哀れ収蔵品は二度死ぬことになる。放っておいてくれたら誰にも邪魔されずにひっそりと朽ちてゆけたものを、わざわざ人前に引っ張り出され、じろじろ見られたり指を差されたりして、いい加減うんざりしていたところで再び打ち捨てられる。むごい話だと思わないか? 絶対に途中やめはいかん。(後略)」
博物館の専門技師である青年は、かつて見たことも聞いたこともない、市井の死者の 「生」 に纏わる 「形見」 を展示する博物館創りを請負うことになります。(完成の後、それは 「沈黙博物館」 と名付けられます)
そこだけ切り取られた両の乳首。沈黙の伝道師。そして、母の形見として博物館技師が持ち歩く 『アンネの日記』・・・・・・・
堀江敏幸は、(解説に)若き博物館技師である 「僕」 が村に残るという決断をしたとき、彼は、じつはもう死んでいるのかもしれない。 と書きます。
小川洋子は、この物語を通して、いったい我々に何を伝えようというのでしょう。死者が語る無言のメッセージ。彼らの声なき声を、老婆はいったい誰に聞かせたいのでしょう。老婆が死んだ後、若き博物館技師が彼女の意志を継ぐのに、どんな意味があるのでしょうか。
この本を読んでみてください係数 80/100
◆小川 洋子
1962年岡山県岡山市生まれ。
早稲田大学第一文学部文芸専修卒業。
作品 「揚羽蝶が壊れる時」「妊娠カレンダー」「博士の愛した数式」「ブラフマンの埋葬」「貴婦人Aの蘇生」「ことり」「ホテル・アイリス」「ミーナの行進」他多数
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