『鏡じかけの夢』(秋吉理香子)_書評という名の読書感想文

公開日: : 最終更新日:2024/01/07 『鏡じかけの夢』(秋吉理香子), 作家別(あ行), 書評(か行), 秋吉理香子

『鏡じかけの夢』秋吉 理香子 新潮文庫 2021年6月1日発行

このゾクゾクがたまらない

その鏡は、磨く者の願いを叶えるという。会いたい、羨ましい、妬ましい、もっと欲しい、憎い・・・・・・・。願えば願うほど、心に秘めた黒い欲望は醜く膨れ上がり、全てを呑み込む。看護婦の羨望。鏡研ぎ師の嫉妬、踊り子と富豪の禁忌の愛。戦争孤児と奇術師の絆。ヴェネツィアの双子姉妹の過ち - 。鏡に魅入られた人々が陥る、束の間の甘美な愉悦と残酷な結末を描いた、五つの物語。解説・飯豊まりえ。(新潮文庫)

[目次]
1.泣きぼくろの鏡
2.ナルキッソスの鏡
3.スタアの鏡
4.奇術師の鏡
5.双生児の鏡

いつの時代の話なのかはわかりません。しかし、確かに昔何かで読んだことがあるような、どこか懐かしい感じがします。少年の頃、恐怖とエロスに慄きながら、息を潜めて読んだ江戸川乱歩の推理小説のような。それに似た気配が漂っています。

一枚の鏡をめぐる物語 - 全身が映るほどの大きさの、木枠に豪奢な装飾が施された古い一枚の鏡がありました。その鏡は、嘘か実か、磨く者の願いを叶えるといいます。

鏡はめぐりにめぐり、幾人もの人の手に渡ります。それと同時に、鏡にまつわる噂もめぐりにめぐり、鏡を手にした者は半ば疑いつつも、一縷の望みに賭けて、皆が熱心に鏡を磨きます。彼らには、そうするに足る “理由” がありました。

さて。

折々の持ち主たちが手にしたものとは、畢竟何だったのでしょう? 願いは叶い、事は思い通りに運んだのでしょうか? 

彼らが当初願ったことは、ほんの小さな夢でした。小さいながら、彼らにとってはそれこそが “夢” であり “願い” であったはずです。

何処で道を間違えたのでしょう? もしも、はじめ願った 「願いごと」 だけだったとしたら、それだけなら - ひょっとしたら、鏡なしでも叶えることができたかもしれません。

哀しいかな、やるせないかな、彼らはそれ以上のことまで願ったのでした。

そして 「魔性の鏡」 の虜となって、狂気の果てに、残酷なまでの結末を迎えることになります。そうなったのは、全部自分のせいだと、気付くことになります。

教訓:一度味を占めれば、大抵はもう元へは戻れません。「その鏡に、願ってはいけない」 - それは、端から承知のはずでした。甘い話には、必ず、罠があります。

※あくまで私の好みですが、「奇術師の鏡」 と 「双生児の鏡」 をお勧めします。(意外性) にあっと驚き、何気にホロっときます。

この本を読んでみてください係数  80/100

◆秋吉 理香子
兵庫県育ち、大阪在住。
早稲田大学第一文学部卒業。カリフォルニア州ロヨラ・メリーマウント大学大学院にて、映画・TV番組制作修士号取得。

作品 「雪の花」「暗黒女子」「婚活中毒」「ジゼル」「サイレンス」他

関連記事

『その話は今日はやめておきましょう』(井上荒野)_書評という名の読書感想文

『その話は今日はやめておきましょう』井上 荒野 毎日新聞出版 2018年5月25日発行 定年後の誤

記事を読む

『黒冷水』(羽田圭介)_書評という名の読書感想文

『黒冷水』羽田 圭介 河出文庫 2005年11月20日初版 兄の部屋を偏執的にアサる弟と、罠(

記事を読む

『俳優・亀岡拓次』(戌井昭人)_書評という名の読書感想文

『俳優・亀岡拓次』戌井 昭人 文春文庫 2015年11月10日第一刷 亀岡拓次、37歳、独身。

記事を読む

『金賢姫全告白 いま、女として』(金賢姫)_書評という名の読書感想文

『金賢姫全告白 いま、女として』金 賢姫 文芸春秋 1991年10月1日第一刷 この本を読んで、

記事を読む

『完璧な病室』(小川洋子)_書評という名の読書感想文

『完璧な病室』小川 洋子 中公文庫 2023年2月25日改版発行 こうして小川洋子

記事を読む

『永遠についての証明』(岩井圭也)_書評という名の読書感想文

『永遠についての証明』岩井 圭也 角川文庫 2022年1月25日初版 圧倒的 「数

記事を読む

『ゴースト』(中島京子)_書評という名の読書感想文

『ゴースト』中島 京子 朝日文庫 2020年11月30日第1刷 風格のある原宿の洋

記事を読む

『芽むしり仔撃ち』(大江健三郎)_書評という名の読書感想文

『芽むしり仔撃ち』大江 健三郎 新潮文庫 2022年11月15日52刷 ノーベル文

記事を読む

『岸辺の旅』(湯本香樹実)_書評という名の読書感想文

『岸辺の旅』湯本 香樹実 文春文庫 2012年8月10日第一刷 きみが三年の間どうしていたか、話し

記事を読む

『地獄への近道』(逢坂剛)_書評という名の読書感想文

『地獄への近道』逢坂 剛 集英社文庫 2021年5月25日第1刷 お馴染み御茶ノ水

記事を読む

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

『オーブランの少女』(深緑野分)_書評という名の読書感想文

『オーブランの少女』深緑 野分 創元推理文庫 2019年6月21日

『揺籠のアディポクル』(市川憂人)_書評という名の読書感想文

『揺籠のアディポクル』市川 憂人 講談社文庫 2024年3月15日

『海神 (わだつみ)』(染井為人)_書評という名の読書感想文

『海神 (わだつみ)』染井 為人 光文社文庫 2024年2月20日

『百年と一日』(柴崎友香)_書評という名の読書感想文

『百年と一日』柴崎 友香 ちくま文庫 2024年3月10日 第1刷発

『燕は戻ってこない』(桐野夏生)_書評という名の読書感想文

『燕は戻ってこない』桐野 夏生 集英社文庫 2024年3月25日 第

→もっと見る

  • 3 にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
PAGE TOP ↑