『雪の断章』(佐々木丸美)_書評という名の読書感想文

公開日: : 最終更新日:2017/03/05 『雪の断章』(佐々木丸美), 佐々木丸美, 作家別(さ行), 書評(や行)

『雪の断章』佐々木 丸美 創元推理文庫 2008年12月26日初版


雪の断章 (創元推理文庫)

 

冬は厳しく街に君臨した。凍れが支配して雪舞いをよせつけなかった。冬の青空なんてナンセンスだ。やわらかい灰色で私を抱き、こな雪で髪を飾ってくれるのが私の冬だ。・・・
・・・・・・・・・・
冬の北海道を舞台にした、詩情溢れる物語『雪の断章』は、伝説の作家・佐々木丸美のデビュー作です。日経新聞で紹介され、えらく評判になったらしい。彼女は56歳という若さで亡くなっています。

この小説は「推理」小説です。殺人事件が発生し、謎解きに挑む場面が克明に描かれ、明かされる真相は極めて重要です。しかし真に読者を魅了するのは、おそらく、ミステリアスな謎解きとは別次元の、物語に漂う柔らかくファンタジックな世界観なのでしょう。

それこそが著者を著者たらしめる所以で、本来の物語をより一層際立たせるための仕掛けとして、殺人事件が周到に準備されていると言った方が正しい気がします。(良い意味で)これほど毒気のない殺人事件は稀で、異色のサスペンスといえます。

語られているのは、孤児院で暮らす5歳の女の子、主人公の倉折飛鳥と滝杷祐也という青年との奇跡的な出会いとそれに続く二人の葛藤の歳月です。

ある日二人は偶然札幌・大通り公園で出会い、二年後再び運命的な出会いを果たします。孤児院から引き取られた本岡家の仕打ちに耐え兼ねて、逃げ出した飛鳥を助けたのが祐也でした。周囲の反対を押し切って、祐也は飛鳥を手元に引き取って暮らし始めます。

祐也との生活は、飛鳥にとって奇跡と呼べるものでした。理知的で、どこまでも穏やかで優しい祐也、彼の親友・近端史郎、家政婦のトキらに見守られて、頑なだった飛鳥の心も徐々に変化し、新しい環境に馴染んで行きます。

飛鳥が逃げ出した本岡家は、家長の剛造とその妻、聖子と奈津子の姉妹がいる4人家族。剛造と史郎は同じ東邦産業の部長と社員、祐也は東邦産業の関連会社・北一商事の社員です。祐也と飛鳥が暮らすアパートへ聖子が越してきたのは、飛鳥が高校生のときでした。

妹の奈津子も、飛鳥と同じ高校へ入学しています。忘れようとしていた本岡家での苦い記憶が、長い時間を経て再び飛鳥の胸に甦ります。孤児として、もらわれてきた哀れな者として、縦横にあしらわれてきた屈辱をいつまでも拭えない飛鳥です。

聖子が毒殺されたのは、帰省前にアパートで催された忘年会でのことでした。気分が悪いと途中で自室に戻った彼女に、コーヒーを届けた後のことです。コーヒーを届けたのは飛鳥で、倒れている聖子を発見したのも飛鳥です。参加メンバー全員が事情聴取を受けますが、誰よりも疑われたのは言うまでもなく飛鳥でした。
・・・・・・・・・・
小説中に度々引用されるのが、ロシアの児童文学作家・マルシャークの戯曲「森は生きている」。解説を読むと、そもそもこの物語が佐々木丸美の創作の源であり、『雪の断章』もこの物語が発想の元だと書いてあります。

「森は生きている」は、12人の月の精が少女を守り、4月の精が彼女を花嫁にして倖せをもたらすという話です。意地悪な王女や叔母から春にしか咲かないマツユキ草を真冬に探しに行かされる少女は、森の中で4月の精と出会います。4月の精は、1月の精から1時間だけ時間を分けてもらい、真冬にマツユキ草を咲かせてみせます。

少女はその奇蹟によって助けられるのですが、まさしくこの少女が飛鳥であり、祐也こそが救世主の4月の精だと見立てるわけです。飛鳥は事ある毎にこの物語を思い出し、自分の運命を物語の少女に重ねて生きる糧とするのです。
・・・・・・・・・・
この小説に豊かな詩情を与えている要因のひとつは、北の大地に降る「雪」です。飛鳥にとって、「雪」は新しい生活の象徴でした。史郎が話した少女の物語を媒介にして、降り続く雪に飛鳥が感じたもの、それは彼女にとってのマツユキ草なのでした。

大学生になった今でも飛鳥の心は定まらず、祐也を慕う気持ちを素直に表現できません。独りよがりの思い込みは、何度も周囲の人々を困惑させます。聖子や奈津子に対する憎しみは未だに燻り、無償の愛で支える祐也にさえ心にもない言葉を吐いてしまいます。

二人の葛藤の歳月とは、飛鳥の屈折と成長の軌跡です。揺れ迷う飛鳥の軌道を、変わらず修正し続けたのは祐也であり、史郎であり、心優しい隣人たちでした。
・・・・・・・・・・
祐也と親友の史郎は二人して聡明で、最後までいい奴。対する奈津子のヒールっぷり。飛鳥の主張も頑固なら、反論する奈津子も一歩も譲りません。聖子を殺した犯人? まぁ、それは読んでからということで・・・・

 

この本を読んでみてください係数 80/100


雪の断章 (創元推理文庫)

◆佐々木 丸美
1949年北海道当別市生まれ。2005年没、享年56歳。
北海学園大学法学部中退。

作品 「忘れな草」「花嫁人形」「風花の里」「崖の館」「水に描かれた館」「夢館」「恋愛今昔物語」「榛家の伝説」他

◇ブログランキング

いつも応援クリックありがとうございます。
にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ

関連記事

『星々たち』(桜木紫乃)_書評という名の読書感想文

『星々たち』桜木 紫乃 実業之日本社 2014年6月4日初版 星々たち  

記事を読む

『海よりもまだ深く』(是枝裕和/佐野晶)_書評という名の読書感想文

『海よりもまだ深く』是枝裕和/佐野晶 幻冬舎文庫 2016年4月30日初版 海よりもまだ深く

記事を読む

『夜の床屋』(沢村浩輔)_書評という名の読書感想文

『夜の床屋』沢村 浩輔 創元推理文庫 2014年6月28日初版 夜の床屋 (創元推理文庫)

記事を読む

『夜葬』(最東対地)_書評という名の読書感想文

『夜葬』最東 対地 角川ホラー文庫 2016年10月25日初版 夜葬 (角川ホラー文庫) あ

記事を読む

『ゼツメツ少年』(重松清)_書評という名の読書感想文

『ゼツメツ少年』重松 清 新潮文庫 2016年7月1日発行 ゼツメツ少年 (新潮文庫)

記事を読む

『盤上に散る』(塩田武士)_書評という名の読書感想文 

『盤上に散る』塩田 武士 講談社文庫 2019年1月16日第一刷 盤上に散る (講談社文庫)

記事を読む

『青くて痛くて脆い』(住野よる)_書評という名の読書感想文

『青くて痛くて脆い』住野 よる 角川書店 2018年3月2日初版 青くて痛くて脆い 『君の膵

記事を読む

『徘徊タクシー』(坂口恭平)_書評という名の読書感想文

『徘徊タクシー』坂口 恭平 新潮文庫 2017年3月1日発行 徘徊タクシー (新潮文庫) 徘

記事を読む

『かたみ歌』(朱川湊人)_書評という名の読書感想文

『かたみ歌』 朱川 湊人 新潮文庫 2008年2月1日第一刷 かたみ歌 (新潮文庫) &

記事を読む

『また、同じ夢を見ていた』(住野よる)_書評という名の読書感想文

『また、同じ夢を見ていた』住野 よる 双葉文庫 2018年7月15日第一刷 また、同じ夢を見て

記事を読む

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

『ウツボカズラの甘い息』(柚月裕子)_書評という名の読書感想文

『ウツボカズラの甘い息』柚月 裕子 幻冬舎文庫 2018年10月10

『傲慢と善良』(辻村深月)_書評という名の読書感想文

『傲慢と善良』辻村 深月 朝日新聞出版 2019年3月30日第一刷

『ニワトリは一度だけ飛べる』(重松清)_書評という名の読書感想文

『ニワトリは一度だけ飛べる』重松 清 朝日文庫 2019年3月30日

『県民には買うものがある』(笹井都和古)_書評という名の読書感想文

『県民には買うものがある』笹井 都和古 新潮社 2019年3月20日

『連続殺人鬼カエル男ふたたび』(中山七里)_書評という名の読書感想文

『連続殺人鬼カエル男ふたたび』中山 七里 宝島社文庫 2019年4月

→もっと見る

  • 3 にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
PAGE TOP ↑