『チヨ子』(宮部みゆき)_書評という名の読書感想文

公開日: : 最終更新日:2017/03/09 『チヨ子』(宮部みゆき), 作家別(ま行), 宮部みゆき, 書評(た行)

『チヨ子』宮部 みゆき 光文社文庫 2011年7月20日初版


チヨ子 (光文社文庫)

五年前に使われたきりであちこち古びてしまったピンクのウサギの着ぐるみ。大学生の「わたし」がアルバイトでそれをかぶって中から外を覗くと、周囲の人はぬいぐるみやロボットに変わり -(「チヨ子」)。表題作を含め、超常現象を題材にした珠玉のホラー&ファンタジー五編を収録。個人短篇集に未収録の傑作ばかりを選りすぐり、いきなり文庫化した贅沢な一冊。(光文社文庫)

チヨ子
従業員用の更衣室の壁に、いかにもくたびれましたという感じでもたれかかっているのはピンク色のウサギの着ぐるみ。普通のものよりは小さい感じがする、その着ぐるみを着て風船を配ること - それが〈わたし〉のアルバイトです。

着ぐるみに足を突っ込んだところで、ちょうど母親ぐらいの歳の田中さんに声をかけられます。田中さんは5年前に同じ着ぐるみを着た人で、それがことさらウケたので、今回5年ぶりに〈わたし〉が着ることになります。

5年間ずっと倉庫にしまいっぱなしにされていたと思われる着ぐるみは、色こそ褪せてはいないものの、あちこちに黴が生え、二本の長い耳はくたくたに萎れています。ピンク色の身体に散らばる白い斑点は、漂白剤のついたモップを振り回したせいに違いありません。

田中さんが着ぐるみの頭の部分を持ち上げてくれたので、〈わたし〉はそこにもぐりこむみたいに身をよじり、すっぽりとかぶります。のぞき穴の位置に両目をあて、〈わたし〉は更衣室の中を眺めます。たしかに視界は狭くなるものの、それほど苦には感じません。

「あら、可愛いわぁ」と、田中さんは喜んでいます。動く気配がするし、声は斜め前の方から聞こえます。けど、姿が見えません。田中さんのライトブルーの制服がどこにも見当たらないのです。

かわりに、ヘンなものが見えます。灰色の、むくむくした毛のかたまりで、すごく大きくて田中さんと同じくらいのサイズです。それが〈わたし〉のすぐそばに立っています。

よく見ると、それはクマの着ぐるみなのでした。「田中さん?」と訊ねると、灰色のクマの着ぐるみが田中さんの声で返事をしながら、もっさりもっさりと動いて、〈わたし〉の正面にやって来ます。

〈わたし〉はまるで身体に火がついたみたいに悲鳴をあげて、ウサギの頭を脱ぎ捨てます。すると、今度は目の前に田中さんがいます。もう一度ウサギの頭をかぶり直して、かぶるときには目を閉じて・・・、目を開けると、そこにはやっぱり灰色のクマがいるのでした。
・・・・・・・・・・
誰もがみんな、着ぐるみを着ています。正確に言うと、ピンクのウサギの着ぐるみをかぶり、のぞき穴から外を見ると、みんなが着ぐるみを着ているように見えるのです。この人はネコ。この人はタヌキ。この人はおサルさん。ちゃんとしっぽもついています。

店長さんはガンダムのロボットで、近くにいる男の人はターボレンジャーとかの戦隊ものの姿。こちらはプラスチック製の玩具です。ウサギの頭を脱ぐと店長と作業着姿の若い男性で、すぽんとウサギの頭をかぶれば、ガンダムとターボレンジャーが復活します。

誰もいない更衣室でウサギの頭をかぶり、〈わたし〉はゆっくりと鏡の前に立ちます。そこにはウサギの着ぐるみがいるのですが、〈わたし〉が着ているのとは違う色をしています。鏡の中にいるのは白ウサギ。右耳が真ん中からペコリと折れています。

その白ウサギには見覚えがあります。・・・・とても懐かしい。子供のころ、大好きだったウサギのぬいぐるみの「チヨ子」です。いつも一緒に寝ていた、遊ぶときにはおぶって出かけ、家族旅行にもつれて行った「チヨ子」がそこにいるのです。

「久しぶりだね。忘れていてごめんね」-〈わたし〉は自分で自分を抱きしめて、子供のときのようにチヨ子をだっこします。そしてそのとき〈わたし〉は閃いたのです。お店の人たちが着ている着ぐるみは、その人にとってのチヨ子なのだと。そうに違いないと。

ピンクのウサギの着ぐるみを着ると、子供のとき大好きだった玩具が見えるのです。店の中は、ぬいぐるみと玩具の大行進です。〈わたし〉はすっかり慣れてしまい、もうどんなものがそこらを歩いていても平気になります。と思っていたら・・・

一人だけ、普通の子供がいます。そちらの方が自然なのに、〈わたし〉はとても驚きます。
あの子には小さいときに大切にした玩具がなかったのかしら、と思います。中学一年生ぐらいに見える少年は、お客さんの流れに混じって店内に消えて行きます。

しばらくして、その少年が万引きで捕まり、常習犯だというのが分かります。迎えに来たのはお母さん。この人も着ぐるみにも玩具にも見えません。その代り、二人の背中には何かがくっついています。黒くてふわふわしていて、何か気持ちの悪いものです。

着ぐるみの頭を脱ぐと、少年のTシャツの背中にも、お母さんのブラウスの背中にも、何もくっついていません。ウサギの頭をかぶると、今度ははっきりと手の形が見えます。鉤爪の生えた痩せた手で、その指先が少年とお母さんの肩を後ろからつかんでいます。しかも、もぞもぞと動いています。それはまるで、背中を這う蜘蛛のようです。(続く)

 

この本を読んでみてください係数 80/100


チヨ子 (光文社文庫)

 

◆宮部 みゆき
1960年東京都江東区生まれ。
東京都立墨田川高等学校卒業。

作品 「我らが隣人の犯罪」「火車」「蒲生邸事件」「理由」「模倣犯」「名もなき毒」他多数

◇ブログランキング

いつも応援クリックありがとうございます。
にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ

関連記事

『あの家に暮らす四人の女』(三浦しおん)_書評という名の読書感想文

『あの家に暮らす四人の女』三浦 しおん 中公文庫 2018年9月15日7刷 あの家に暮らす四人

記事を読む

『しろいろの街の、その骨の体温の』(村田沙耶香)_書評という名の読書感想文

『しろいろの街の、その骨の体温の』村田 沙耶香 朝日文庫 2015年7月30日第一刷 しろいろ

記事を読む

『星々の悲しみ』(宮本輝)_書評という名の読書感想文

『星々の悲しみ』宮本 輝 文春文庫 2008年8月10日新装版第一刷 星々の悲しみ (文春文庫

記事を読む

『照柿』(高村薫)_書評という名の読書感想文

『照柿』高村 薫 講談社 1994年7月15日第一刷 照柿〈上〉 (新潮文庫) おそらくは、それ

記事を読む

『逃亡者』(中村文則)_山峰健次という男。その存在の意味

『逃亡者』中村 文則 幻冬舎 2020年4月15日第1刷 逃亡者 「一週間後、君が生き

記事を読む

『みんな邪魔』(真梨幸子)_書評という名の読書感想文

『みんな邪魔』真梨 幸子 幻冬舎文庫 2011年12月10日初版 みんな邪魔 (幻冬舎文庫)

記事を読む

『劇場』(又吉直樹)_書評という名の読書感想文

『劇場』又吉 直樹 新潮文庫 2019年9月1日発行 劇場 (新潮文庫) 高校卒業後、

記事を読む

『カンガルー日和』(村上春樹)_書評という名の読書感想文

『カンガルー日和』村上 春樹 平凡社 1983年9月9日初版 カンガルー日和 (講談社文庫)

記事を読む

『逃亡刑事』(中山七里)_書評という名の読書感想文

『逃亡刑事』中山 七里 PHP文芸文庫 2020年7月2日第1刷 逃亡刑事 単独で麻薬

記事を読む

『ドクター・デスの遺産』(中山七里)_書評という名の読書感想文

『ドクター・デスの遺産』中山 七里 角川文庫 2020年5月15日4版発行 ドクター・デスの

記事を読む

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

『ペインレス あなたの愛を殺して 下』(天童荒太)_書評という名の読書感想文

『ペインレス あなたの愛を殺して 下』天童 荒太 新潮文庫 2021

『おもかげ』(浅田次郎)_書評という名の読書感想文

『おもかげ』浅田 次郎 講談社文庫 2021年2月17日第4刷発行

『ぼくがきみを殺すまで』(あさのあつこ)_書評という名の読書感想文

『ぼくがきみを殺すまで』あさの あつこ 朝日文庫 2021年3月30

『52ヘルツのクジラたち』(町田そのこ)_書評という名の読書感想文

『52ヘルツのクジラたち』町田 そのこ 中央公論新社 2021年4月

『夜空に泳ぐチョコレートグラミー』(町田そのこ)_書評という名の読書感想文

『夜空に泳ぐチョコレートグラミー』町田 そのこ 新潮文庫 2021年

→もっと見る

  • 3 にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
PAGE TOP ↑