『彼女が天使でなくなる日』(寺地はるな)_書評という名の読書感想文
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最終更新日:2024/01/06
『彼女が天使でなくなる日』(寺地はるな), 作家別(た行), 寺地はるな, 書評(か行)
『彼女が天使でなくなる日』寺地 はるな ハルキ文庫 2023年3月18日第1刷発行
天使になどならせてはいけない。誰ひとり。島の民宿兼託児所を営む女性の物語。
九州北部にある人口三百人ほどの星母島。子どもについての願い事なら何でも叶えてくれるという 「母子岩」 があり、近年有名になっている。そこで “モライゴ” として育てられた千尋は、一年前に戻ってきて、託児所を併設した民宿を営んでいた。子どもにまつわる様々な悩みを抱え、母子岩のご利益を頼りにやってきた宿泊客に、千尋は淡々と為すべきことを為し、言うべきことを言う・・・・・・・。簡単な癒しではない、でも大切なことに気づかせてくれる、宝物のような小説。(ハルキ文庫)
[目次]
第一章 あなたのほんとうの願いは
第二章 彼女が天使でなくなる日
第三章 誰も信頼してはならない
第四章 子どもが子どもを育てるつもりかい
第五章 虹
千尋がそうなら、千尋のあとを島までついて来た麦生もまた、深く心を痛めているのだろうと。言うに言えない過去を抱えて、これまでを生きてきたのだろうと。
島を訪れた宿泊客たちは、当初抱いた島のイメージや民宿での接待に、少なからず “物足りなさ” を感じます。観光地らしきものといえば母子岩ぐらいで他にこれといった見どころはなく、地味で質素な民宿もまた民宿で、特に千尋には “愛想” というものがありません。
人生は容赦がない。
波にのまれて溺れそうになっていても、おかまいなしに日常は繰り返す。待ってほしいと願ったところで遠慮なく時間は進み、朝はまたやってくる。
星母 (ほしも) 島へたどり着く人たちも、ほんの少し息継ぎをするために、何かしらの望みを抱いて 『母子岩』 を訪れる。そこにはきっと素晴らしい何かがあるはずだと期待して。『自分に都合の良い素敵な人生の物語の展開を夢見るのは自由ですけど、感情も事情もある他人に都合の良い役柄を押しつける人は、僕は大嫌いだな』
麦生の言葉に、はっとした。
わたしも誰かにそんな役割を無意識に望んでいないだろうか。身勝手な理想を求めてはいないだろうか。寺地さんの作品を読んでいると、よく問いかけられる。
当たり前だと思っていたことに対して、本当にそうですか?と。何か見落としてはいないですか? 自分の尺度だけでものを見てはいないですか? 大切な誰かを傷付けていないですか?
*
『この子はわたしの天使なの。生まれてきた瞬間から、今までずっとね』
母子岩に妊娠祈願で訪れた愛花の母もまた、娘を天使にすることで自分を生きている。愛花は母の束縛から逃れ自由になる喜びよりも、その一歩を踏み出す恐怖で動けずにいる。他人から見れば理解不能で不均衡で理不尽な関係は、案外存在している。友人関係も同じだ。麻奈と絹のように、”親友” という心地良い言葉でつながっていた手は、他に大事なものができればあっさりふりほどかれてしまう。天使であるということは、なんて無邪気で残酷なんだろう。だからこそ、千尋は思ったのだ。
『天使になどならせてはいけない。誰ひとり』
純粋で傷つきやすく頼りなげな存在を護っているようで、本当は自分自身を護っていただけなのかもしれない。気付いたことでようやく天使をそっと地上へ降ろしたのだ。(ながしま・ゆうこ/水嶋書房くずは駅前 書店員)
※書いてあるのは、特に 「子どもに生まれてきたことの生きづらさ」 だと思います。
子は親を選べません。親は本当に自分を愛してくれていたのだろうか。生まれてこなければよかったのにと、事あるごとに恨んでいたのではないだろうか - などと悩んではみても、親に捨てられ、死なれたいまとなっては、いかんせん確かめようがありません。
この本を読んでみてください係数 85/100
◆寺地 はるな
1977年佐賀県唐津市生まれ。大阪府在住。
高校卒業後、就職、結婚。35歳から小説を書き始める。
作品 「ビオレタ」「夜が暗いとはかぎらない」「大人は泣かないと思っていた」「水を縫う」「正しい愛と理想の息子」「わたしの良い子」他多数
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