『死にぞこないの青』(乙一)_書評という名の読書感想文
公開日:
:
最終更新日:2017/08/07
『死にぞこないの青』(乙一), 乙一, 作家別(あ行), 書評(さ行)
『死にぞこないの青』乙一 幻冬舎文庫 2001年10月25日初版
飼育係になりたいがために嘘をついてしまったマサオは、大好きだった羽田先生から嫌われてしまう。先生は、他の誰かが宿題を忘れてきたり授業中騒いでいても、全部マサオのせいにするようになった。クラスメイトまでもがマサオいじめに興じるある日、彼の前に「死にぞこない」の男の子が現れた。ホラー界の俊英が放つ、書き下ろし長編小説。(幻冬舎文庫)
アオは頻繁に僕の視界へ現れた。アオというのは、僕がその子につけた名前であり、本当の名前をなんというのか知らなかった。顔が真っ青だから、アオである。
彼はいつも僕のほうを見ていた。窓際や運動場の端に、まるでだれかに取り残されたような格好でぽつんと立ちすくんでいる。校舎の中、みんなの行き交う廊下の真ん中にいることもあった。人通りが激しくても、彼は押されてよろめいたりしない。空気のようにじっとしていた。
小学5年生になったマサオは、新しい担任の羽田先生のことを、最初とても良い先生だと思っています。羽田先生には他の大人にない寛容さがあり、クラスの子供たちにもすぐに溶け込んで、それはやがて教頭先生の知るところともなります。
ところが、ある時期を境にして、羽田先生の態度は徐々に変化していきます。みんなが真面目に聞いていなかったのを理由に強引に授業を延長するであるとか、クラスのある女子が後ろの席の子に顔を向けて話をしているのを発見すると、突然に、
「ちゃんと聞きなさい! 」と、爆弾が投下されたような大声で叫ぶようになります。抜き打ちテストをし、点数がひどかった子の家に、その夜、電話をしたりするようになります。
「こうでもしないと、みんな、勉強をしないじゃないか。先生は、みんなのためを思ってこうしているんです」授業中、先生はそう言うのでした。なぜみんなわかってくれないのかと嘆くのですが、みんなの間では、少しずつ羽田先生の評判は悪くなっていきます。
時を同じくして、羽田先生のマサオへの態度が明らかに冷たくなります。マサオは羽田先生が自分のことを嫌いなんじゃないかと思うようになります。マサオを見ると先生は少し嫌そうな顔をします。他の子に向ける笑顔とは別の表情でマサオを見るようになります。
マサオは、たびたび羽田先生に叱られるようになります。しかし、その理由がわかりません。気のせいだと思いたかったのですが、日を追うごとに、(マサオの中では)それは確信に変わっていきます。
羽田先生は怒鳴り声をあげてマサオを怒るわけではなかったのですが、それでもマサオは恐怖を感じます。マサオが何か失敗するのを先生は待ち構えており、ついに彼がちょっとしたミスをした瞬間、ほら見たことかとそこをつつくのでした。
そんな毎日の、ある日の体育の授業でのこと。そのとき、マサオは運動場の端に、青い男の子がいるのを見つけます。服装が青かったわけではありません。顔が真っ青だったのです。背は低くて、ぽつんと立っている、マサオはその子を「アオ」と名付けます。
はじめて見たときずっと遠くにいたアオは、日を追うごとにマサオのそばへ近づいてきます。顔が青いというのは病気で顔色が悪いというのではなく、文字通り肌が真っ青だということ。顔は傷だらけで、縦横に傷跡が走り、ナイフで切られたように見えます。
片耳と頭髪がなく、だれかに殺ぎ落とされたようで、あるべき場所はつるつるの、ただの皮膚です。右目は塞がっています。どうやら、瞼を接着剤でくっつけられているに違いありません。
アオは右目を開けたがっているように見えますが、接着された皮膚が引っ張られ、顔は奇妙に歪んで見えます。唇には紐が通されています。まるで紐靴のように、上の唇と下の唇に穴を開けて縫われています。そのために口を開けられず、呼吸はおそらく鼻で行っているようです。
上半身にはおかしな服を着せられています。それが拘束服であるのを、マサオは以前テレビの映画で見て知っています。両腕はすっかり動かせない格好で、下はブリーフだけ。二本の、あきらかに栄養が足りない干からびた細い足で、よろよろと地面に立っています。
あまりに現実離れしたその姿は、怪物のように思えた。存在感は濃く、視界の中にいると、たとえそれが遠い場所であったとしてもすぐに気づいた。アオの視線は重さと熱を持っており、他のだれのものともちがっていた。彼が僕を見ていたら、すぐに気づく。
なぜ、アオが僕を見ているのか - マサオはそのうち段々と、その訳を知るようになっていきます。
この本を読んでみてください係数 80/100
◆乙一
1978年福岡県生まれ。本名は安達寛高。
豊橋技術科学大学工学部卒業。
作品 「失踪 HOLIDAY」「銃とチョコレート」「夏と花火と私の死体」「GOTH リストカット事件」「暗いところで待ち合わせ」「ZOO」「箱庭図書館」他多数
関連記事
-
-
『綴られる愛人』(井上荒野)_書評という名の読書感想文
『綴られる愛人』井上 荒野 集英社文庫 2019年4月25日第1刷 綴られる愛人 夫に
-
-
『親方と神様』(伊集院静)_声を出して読んでみてください
『親方と神様』伊集院 静 あすなろ書房 2020年2月25日初版 (1)親方と神様 (伊集院
-
-
『生きる』(乙川優三郎)_書評という名の読書感想文
『生きる』乙川 優三郎 文春文庫 2005年1月10日第一刷 生きる (文春文庫) 亡き藩主
-
-
『自分を好きになる方法』(本谷有希子)_書評という名の読書感想文
『自分を好きになる方法』本谷 有希子 講談社文庫 2016年6月15日第一刷 自分を好きになる
-
-
『おもかげ』(浅田次郎)_書評という名の読書感想文
『おもかげ』浅田 次郎 講談社文庫 2021年2月17日第4刷発行 おもかげ (講談社文庫)
-
-
『乙女の家』(朝倉かすみ)_書評という名の読書感想文
『乙女の家』朝倉 かすみ 新潮文庫 2017年9月1日発行 乙女の家 (新潮文庫) 内縁関係
-
-
『ほどけるとける』(大島真寿美)_彼女がまだ何者でもない頃の話
『ほどけるとける』大島 真寿美 角川文庫 2019年12月25日初版 ほどけるとける (角川
-
-
『八月は冷たい城』(恩田陸)_書評という名の読書感想文
『八月は冷たい城』恩田 陸 講談社タイガ 2018年10月22日第一刷 八月は冷たい城 (講
-
-
『青春とは、』(姫野カオルコ)_書評という名の読書感想文
『青春とは、』姫野 カオルコ 文春文庫 2023年5月10日第1刷 目の前に蘇る、
-
-
『路地の子』上原 善広_書評という名の読書感想文
『路地の子』上原 善広 新潮文庫 2020年8月1日発行 路地の子(新潮文庫) 金さえ