『砂上』(桜木紫乃)_書評という名の読書感想文 

『砂上』桜木 紫乃 角川文庫 2020年7月25日初版

砂上 (角川文庫)

「あなた、なぜ小説を書くんですか」 北海道・江別で平坦な生活を送る柊令央は、応募原稿を読んだという編集者に問われ、渾身の一作を書く決意をする。いつか作家になりたいと思いつつ40歳を迎えた令央にとって、書く題材は、亡き母と守り通した家族の秘密しかなかった。執筆にのめりこむうち、令央の心身にも、もともと希薄だった人間関係にも亀裂が生じ - 。直木賞作家・桜木紫乃が創作の苦しみを描ききる、新たな到達点! (角川文庫)

若くして主人公の令央を生んだミオは、何事にも動じない、不思議に明るい人物だ。そのせいで、何を考えているのか、何も考えていないのかもわからない。しかも物語は、彼女が60で唐突に亡くなった直後から始まっているため、ますますもって、謎に包まれている。

肝心の令央も、ミオをわかっているとは言いがたく、一緒に暮らしていたのに、死別を悲しんでいる風もない。そんな令央は、別れた夫から入金される月5万の慰謝料がなければ、生活が立ちゆかない40歳の女性である。小説を書き続けるも、応募した賞には引っかからない。そこで焦ったり、自己嫌悪に陥ったりすれば共感を呼ぶこともあるかもしれないが、そういった思考はなさそうである。

この小説には、ろくな男が一人も登場しないし、柊家のもう一人の娘・美利に関しては、かなり特殊な生い立ちであり、令央との距離はミオよりも遠い。ミオが亡くなって、ようやくLINEを交換したくらいである。

そして極めつけが、編集者の小川乙三だ。「共感」 などという熟語をうっかり使えば、言葉の武器でこてんぱんに殺られるだろう。たとえ小説家ではなくても、舌を噛んで死にたくなるような正論で評価を下す彼女は、相手の恥の在処を瞬時に見抜く力があるのかもしれない。それこそ命を削るようにして書いた小説を、あっさり叩き落とされたその時だけは、さすがの私も令央に肩入れしたくなる。しかしそれは共感ではなく、同情だ。(解説より by 新井見枝香)

この小説は、主人公である柊令央が 「砂上」 という小説を書き上げるまでを、桜木紫乃が 『砂上』 という小説にした、という実に “まぎらわしい” 作品です。

内容が内容で、「執筆10年の到達点! 」 などと煽られたりすれば尚のこと、(個々の設定はともかくも) 普通に読めば誰しもが、柊令央は桜木紫乃本人のことだと思うに違いありません。それが事実かどうかではなく、高い可能性としてそう思えてしまう、ということ - 。ですが、

それってどうなんでしょう? (何とはなくですが、こんな話は読まずにいたかった。そんな気もします) いずれにせよ、

砂上は、書けても恥、書けなくても恥でした。

書店の店頭に飾る色紙に、桜木紫乃は、そんな一文を添えているそうです。その心は、しっかりきっちり自分の落とし前をつけて生きるべし、ということです。

この本を読んでみてください係数 80/100 

砂上 (角川文庫)

◆桜木 紫乃
1965年北海道釧路市生まれ。
高校卒業後裁判所のタイピストとして勤務。

作品 「起終点駅/ターミナル」「凍原」「氷平線」「ラブレス」「ホテルローヤル」「硝子の葦」「誰もいない夜に咲く」「星々たち」「ブルース」「霧/ウラル」他多数

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