『夜の公園』(川上弘美)_書評という名の読書感想文
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『夜の公園』(川上弘美), 作家別(か行), 川上弘美, 書評(や行)
『夜の公園』川上 弘美 中公文庫 2017年4月30日再版発行
「申し分のない」 夫と、二十五年ローンのマンションに暮らすリリ。このまま一生、こういうふうに過ぎてゆくのかもしれない・・・・・・・。そんなとき、リリは夜の公園で九歳年下の青年に出合う - 。寄り添っているのに、届かないのはなぜ。たゆたいながら確かに変わりゆく男女四人の関係を、それぞれの視点で描き出し、恋愛の現実に深く分け入る長篇小説。 解説・池上冬樹(中公文庫)
物語の主人公は、三十五歳の専業主婦の中西リリ。結婚して二年。夫の幸夫はやさしく、二十五年ローンで立派なマンションも買ったのに、ふとしたことで、夜の公園で出会った青年の暁と関係をもってしまい、やめられなくなる。でも、九歳年下の暁のことが好きなのかというと、決してそうでもなかった。夫の幸夫と別れる気持ちもない。
そんな曖昧な関係のまま、やがて転機が訪れる。リリの高校時代の友だちで高校教師をしている宮本春名が結婚生活に介入してきたからだ。
物語ではリリ、幸夫、春名、暁と順番に視点が移っていき、それぞれが語りながら、相手の肖像を鮮やかに浮かび上がらせていく。意外な人間関係も隠されていて、物語の流れは川上弘美の小説にしては急だし、最後の章では、こまめに視点が切り替わり、ゆるやかなリズムを刻みながら、新たな生活が輪唱されていく。
そうなんです。これは、珍しく川上弘美が書いた 「不倫小説」 です。読むとわかるのですが、リリと幸夫夫婦が絡む人間関係は複雑で、(当然といえば当然ですが) かなりドロドロしています。
本書に限らず、川上弘美の小説が新鮮なのは、恋愛を体感させてくれる以外に、男と女の愛と欲望が自由に描かれている点だろう。文学は往々にして、男女がどこかに隷属することの安らかさと危うさ、または隷属しない上での既成の価値観への抵抗がはかられることが多いけれど、川上弘美は人々を縛る外部の規制から自由になろうとする。
かくあらねばならない基準はないが、逆にかくありたいという強い欲望も生まれない。そのために男も女もよるべない営みを続けていくしかない。どこにでも進みうるのに何故か軌道の中でもがいたり、もがきながらゆっくりと軌道を外れていき、茫漠とした仮初の安定をえたりする。でもそれは、自ら望んだことなのか。それでいいのか。
(小説は) 男女間に生れる微妙な関係を丁寧においながら、人物たちのさまよいに焦点をあてる。そしてさまよいながら抱くことになる、静かな悔悟と確かな覚悟が描かれていくのである。(太字はすべて解説より抜粋)
※カラカラと、物語は一見何ごともないようにして転がっていきます。内容が内容であるにもかかわらず、いやらしくも何ともありません。その湿度のなさを味わってください。考えるより、実感としてどうなんだと。
この本を読んでみてください係数 85/100
◆川上 弘美
1958年東京都生まれ。
お茶の水女子大学理学部卒業。
作品 「神様」「溺レる」「蛇を踏む」「真鶴」「ざらざら」「センセイの鞄」「天頂より少し下って」「水声」「どこから行っても遠い町」「大きな鳥にさらわれないよう」他多数
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