『あの家に暮らす四人の女』(三浦しおん)_書評という名の読書感想文

『あの家に暮らす四人の女』三浦 しおん 中公文庫 2018年9月15日7刷

ここは杉並の古びた洋館。父の行方を知らない刺繍作家の佐知と気ままな母・鶴代、佐知の友人の雪乃 (毒舌) と多恵美 (ダメ男に甘い) の四人が暮らす。ストーカー男の闖入に謎の老人・山田も馳せ参じ、今日も笑いと珍事に事欠かない牧田家。ゆるやかに流れる日々が、心に巣くった孤独をほぐす同居物語。織田作之助賞受賞作。(中公文庫)

東京都杉並区の善福寺川近くの古ぼけた二階建ての洋館。150坪の邸宅の庭は長ネギ、ジャガイモ、枝豆、ナス、トマトが植えられた菜園になっている。そこに女ばかり4人が暮らしている。

家の主人である牧田鶴代は、70歳近くになってもお嬢さん気質のまま。37歳の一人娘の佐知は、男性との縁もなく引きこもり同然の刺繍作家。そこへ佐知の同い年の友人の雪乃と、佐知の刺繍教室の生徒であり、また雪乃の勤める生命保険会社の10歳年下の後輩である多恵美が、転がり込んできて同居するようになって一年。

この小説は、そんな一家 - 4人のうち2人は血縁関係がないのだが一つの家に住む者たちという意味で、まさに 「一家」 の早春から盛夏にかけての暮らしを描いている。(P336/解説より)

歳も出自も違う女4人が暮らせばさもありなん - という話が書いてあります。牧田家には、男がいません。

描かれているのは、たとえば、佐知と雪乃の出会い、多恵美の元カレのストーカー騒ぎ、花見と水漏れ騒動、イケメン内装業者と佐知との出会い、「開かずの間」 の河童のミイラ、雷雨の夜の盗賊事件、等々。

他に登場するのが、正門脇に建つプレハブ仕様の掘立小屋で暮らす屋敷内唯一の男性、山田さん。佐知がもの心ついた頃にはすでにおり、いささか老いぼれたものの、80歳になった今も健在でいます。

奇想天外なのが、地元善福寺川周辺を根城にするカラスの親玉の 「善福丸」。こやつは人の言葉を理解し、人と同じ (あるいは人より明晰な) 思考回路を有した上、牧田家を含む界隈の動向を誰よりもよく掌握しています。

そしてさらには、牧田家に心を残して死んだ父、「神田幸夫」 が登場します。幸夫は鶴代と佐知を思うあまりに 「霊」 となり、家族のもとへ舞い戻ってきます。

彼らを評すると、肝心要な時に役に立たないのが山田さん。カラスなのになぜか人の気持ちがわかる善福丸。あとに残した妻や娘を思い、ミイラの身体を借りてまで己の存在をアピールしようとする夫・幸夫 - といったところでしょうか。

牧田家に向けられた、彼らの滑稽かつ真摯な態度や気遣いの大方は報われず、気付かれもしません。わずかに気配だけを残します。

しかし、おそらくはそれでかまわないのだと。4人の女たちは、すでに十分 「自立」 しているのですから。生きる上での悩みや困難は様々あるのですが、それとて十分理解しています。すべて承知の上で 「家族」 であって、

それが証拠に彼女らは、女4人の暮らしにあって、概ね太平楽に暮らしています。

※この小説は、谷崎潤一郎の名作 『細雪』 が下敷きになっています。この小説が執筆された2015年は谷崎潤一郎の没後50年にあたっており、氏の作品にちなんだ書き下ろしが何人かの著名な現代作家に委嘱され、その結果誕生したものです。(当たり前ですが、中身は全く別ものです)

この本を読んでみてください係数 85/100

◆三浦 しをん
1976年東京都生まれ。
早稲田大学第一文学部演劇専修。

作品 「まほろ駅前多田便利軒」「神去なあなあ日常」「月魚」「秘密の花園」「私が語りはじめた彼は」「風が吹いている」「きみはポラリス」「光」「舟を編む」他多数

関連記事

『暗幕のゲルニカ』(原田マハ)_書評という名の読書感想文

『暗幕のゲルニカ』原田 マハ 新潮文庫 2018年7月1日発行 反戦のシンボルにして20世紀を代表

記事を読む

『カエルの小指/a murder of crows』(道尾秀介)_書評という名の読書感想文

『カエルの小指/a murder of crows』道尾 秀介 講談社文庫 2022年2月15日第

記事を読む

『月と蟹』(道尾秀介)_書評という名の読書感想文

『月と蟹』道尾 秀介 文春文庫 2013年7月10日第一刷 海辺の町、小学生の慎一と春也はヤド

記事を読む

『地下街の雨』(宮部みゆき)_書評という名の読書感想文

『地下街の雨』宮部 みゆき 集英社文庫 2018年6月6日第55刷 同僚との挙式が直前で破談になり

記事を読む

『アンチェルの蝶』(遠田潤子)_書評という名の読書感想文

『アンチェルの蝶』遠田 潤子 光文社文庫 2014年1月20日初版 大阪の港町で居酒屋を経営する藤

記事を読む

『俺はまだ本気出してないだけ』(丹沢まなぶ)_書評という名の読書感想文

『俺はまだ本気出してないだけ』丹沢 まなぶ 小学館文庫 2013年4月10日第一刷 元々は青

記事を読む

『海』(小川洋子)_書評という名の読書感想文

『海』小川 洋子 新潮文庫 2018年7月20日7刷 恋人の家を訪ねた青年が、海か

記事を読む

『推定脅威』(未須本有生)_書評という名の読書感想文

『推定脅威』未須本 有生 文春文庫 2016年6月10日第一刷 - ごく簡単に紹介すると、こんな

記事を読む

『オブリヴィオン』(遠田潤子)_書評という名の読書感想文

『オブリヴィオン』遠田 潤子 光文社文庫 2020年3月20日初版 苦痛の果てに、

記事を読む

『泳ぐのに、安全でも適切でもありません』(江國香織)_書評という名の読書感想文

『泳ぐのに、安全でも適切でもありません』江國 香織 集英社 2002年3月10日第一刷 It

記事を読む

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

『八月の母』(早見和真)_書評という名の読書感想文

『八月の母』早見 和真 角川文庫 2025年6月25日 初版発行

『おまえレベルの話はしてない』(芦沢央)_書評という名の読書感想文

『おまえレベルの話はしてない』芦沢 央 河出書房新社 2025年9月

『絶縁病棟』(垣谷美雨)_書評という名の読書感想文

『絶縁病棟』垣谷 美雨 小学館文庫 2025年10月11日 初版第1

『木挽町のあだ討ち』(永井紗耶子)_書評という名の読書感想文

『木挽町のあだ討ち』永井 紗耶子 新潮文庫 2025年10月1日 発

『帰れない探偵』(柴崎友香)_書評という名の読書感想文

『帰れない探偵』柴崎 友香 講談社 2025年8月26日 第4刷発行

→もっと見る

  • 3 にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
PAGE TOP ↑