『高校入試』(湊かなえ)_書評という名の読書感想文

公開日: : 最終更新日:2024/01/13 『高校入試』(湊かなえ), 作家別(ま行), 書評(か行), 湊かなえ

『高校入試』湊 かなえ 角川文庫 2016年3月10日初版

県下有数の公立進学校・橘第一高校の入試前日。新任教師・春山杏子は教室の黒板に「入試をぶっつぶす! 」と書かれた貼り紙を見つける。迎えた入試当日。試験内容がネット掲示板に次々と実況中継されていく。遅れる学校側の対応、保護者からの糾弾、受験生たちの疑心。杏子たち教員が事件解明のため奔走するが・・・・。誰が嘘をついているのか? 入試にかかわる全員が容疑者? 人間の本性をえぐり出した、湊ミステリの真骨頂! (角川文庫解説より)

やたらに登場人物が多く、読み出した当初はちょっとまごつくかも知れません。親切にも、文庫には「『高校入試』人物相関図」なる付録がついています。確かに、これはよかった。私は最初のうち何度も手に取って、一々確認しながら読みました。

教師だけで12人 - 中で最も頻繁に登場するのは、英語担当の新任教師・春山杏子。帰国子女である彼女は、大手の旅行会社から転職して1年目。美人で、人気NO.1の教師です。

杏子の他に2人いる女性教師が、音楽担当の滝本みどりと英語担当のベテラン・坂本多恵子。2人は、どちらかといえばあまり仕事熱心な方ではありません。みどりの頭の中は「彼氏」と「旅行」のことでいっぱいで、坂本多恵子は上昇志向満載の自己中人間です。

女性ほどには個性が際立たず覚えづらいのですが(ひとえに数の多さが災いしているのだと思います)、男性教師のうちよく出てくるのが体育担当の相田清孝。相田はパッと見爽やかでややお調子者、なぜか掃除が大好きで、女子生徒に人気の若手教師です。

情報処理担当の荻野正夫は、今回の入試全般を取り仕切る「入試部長」。荻野は不用意に本心を表に出さない人物です。小西俊也は、英語担当。名門第一高校より格上の私立高校出身。冷静沈着、杏子の指導教官をしています。

校長の的場一郎の得意技は「責任逃れ」。外部の目を気にする発言が目立ちます。他には、教頭の上条勝、数学担当の村井祐志、美術担当の宮下輝明、社会担当の水野文昭、英語担当の松島崇史などの面々がいます。
・・・・・・・・・・
この小説の最大の読みどころは言うまでもなく入試当日に巻き起こるとんでもない騒動にあるわけですが、そもそもは名門と崇められる「橘第一高校」こそが曲者で、受験生の誰もが何としても入りたいと願う、県下有数の進学校であるのが事の根っこにあります。

東京や大阪、他にもある大都市ならいざ知らず、地方では必ずある現実。(小説中にもありますが)県下一番の高校(もちろん公立高校)に入学できるかできないかは、特に当落線上にいる受験生らにとっては、人生最初にして最大の試練であり、悲願でもあります。

みごと合格した暁には、おそらくは一生の間、その勲章が色褪せることはありません。たとえその後二流の大学にしか入れなかったとしても、地方の田舎町なら大したことではありません。あくまでもどこの高校を出たのか、それが人を判別する決定的要素になります。

もう否が応でもそうであるのを、ある程度の歳の方ならおわかりいただけると思います。まして近しい経験のある方なら尚のこと、身に染みて感じておられるはずです。この小説でいうなら、名門第一高校に合格したなら、それで天下をとったようなものなのです。

不合格だった者からすれば(当落こそ時の運で、あとにまだまだ未来はあると言われもするのですが)すべては後の祭り、それまでの自分がことごとく否定されたようで、これより先に多少は誇らしいことがあるとしても、一度背負った負い目が消えることはありません。わずか15歳にして、人生のあらかたが決まってしまうようなことにもなり兼ねません。

そのことがとてもよく分かるのが、先に書いた教師たち各々の様子です。小説にある本来の「特別」な企みよりも、彼らが抱く「どこにもありそう」な悪意と、その悪意がどんどん拡散していく様子こそがリアルで、胸糞悪くもなります。

しかしながら現実とはまたそういうものに違いなく、登場人物の多さも、悪意の連鎖や増幅のリアルさを狙ってのことに思えます。教師の他には、同窓会会長の沢村幸造、受験生の母親で、夫が県議の芝田昌子なる人物らが登場してきては、教師たちを攪乱します。

一方、そういうこととは別に大勢の受験生がいて、(これが最後まで謎なのですが)受験のあるべき形を示そうとする人物がいます。事の是非は、正直私にはよく分かりません。誰が正しくて、どこが間違ってこんなことになってしまったのか。そのことは改めて、十分時間をかけた上で考えなければなりません。

この本を読んでみてください係数  80/100


◆湊 かなえ
1973年広島県因島市中庄町(現・尾道市因島中庄町)生まれ。
武庫川女子大学家政学部卒業。

作品 「告白」「少女」「贖罪」「Nのために」「夜行観覧車」「花の鎖」「往復書簡」「境遇」「望郷」「サファイア」「母性」「絶唱」「ユートピア」他多数

関連記事

『孤独論/逃げよ、生きよ』(田中慎弥)_書評という名の読書感想文

『孤独論/逃げよ、生きよ』田中 慎弥 徳間書店 2017年2月28日初版 作家デビューまで貫き通し

記事を読む

『飼う人』(柳美里)_書評という名の読書感想文

『飼う人』柳 美里 文春文庫 2021年1月10日第1刷 結婚十年にして子どもがで

記事を読む

『血縁』(長岡弘樹)_書評という名の読書感想文

『血縁』長岡 弘樹 集英社文庫 2019年9月25日第1刷 コンビニの店員が男にナ

記事を読む

『きみの町で』(重松清)_書評という名の読書感想文

『きみの町で』重松 清 新潮文庫 2019年7月1日発行 あの町と、この町、あの時

記事を読む

『空中ブランコ』(奥田英朗)_書評という名の読書感想文

『空中ブランコ』奥田 英朗 文芸春秋 2004年4月25日第一刷 『最悪』『邪魔』とクライム・ノ

記事を読む

『鯨の岬』(河﨑秋子)_書評という名の読書感想文

『鯨の岬』河﨑 秋子 集英社文庫 2022年6月25日第1刷 札幌の主婦奈津子は、

記事を読む

『歌舞伎町ゲノム 〈ジウ〉サーガ9 』(誉田哲也)_書評という名の読書感想文

『歌舞伎町ゲノム 〈ジウ〉サーガ9 』誉田 哲也 中公文庫 2021年10月25日 初版発行

記事を読む

『境界線』(中山七里)_書評という名の読書感想文

『境界線』中山 七里 宝島社文庫 2024年8月19日 第1刷発行 『護られなかった者たちへ

記事を読む

『過ぎ去りし王国の城』(宮部みゆき)_書評という名の読書感想文

『過ぎ去りし王国の城』宮部 みゆき 角川文庫 2018年6月25日初版 中学3年の尾垣真が拾った中

記事を読む

『ことり』(小川洋子)_書評という名の読書感想文

『ことり』小川 洋子 朝日文庫 2016年1月30日第一刷 人間の言葉は話せないけれど、小鳥の

記事を読む

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

『神童』(谷崎潤一郎)_書評という名の読書感想文

『神童』谷崎 潤一郎 角川文庫 2024年3月25日 初版発行

『孤蝶の城 』(桜木紫乃)_書評という名の読書感想文

『孤蝶の城 』桜木 紫乃 新潮文庫 2025年4月1日 発行

『春のこわいもの』(川上未映子)_書評という名の読書感想文

『春のこわいもの』川上 未映子 新潮文庫 2025年4月1日 発行

『銀河鉄道の夜』(宮沢賢治)_書評という名の読書感想文

『銀河鉄道の夜』宮沢 賢治 角川文庫 2024年11月15日 3版発

『どうしてわたしはあの子じゃないの』(寺地はるな)_書評という名の読書感想文

『どうしてわたしはあの子じゃないの』寺地 はるな 双葉文庫 2023

→もっと見る

  • 3 にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
PAGE TOP ↑