『憂鬱たち』(金原ひとみ)_書評という名の読書感想文

公開日: : 最終更新日:2024/01/14 『憂鬱たち』(金原ひとみ), 作家別(か行), 書評(や行), 金原ひとみ

『憂鬱たち』金原 ひとみ 文芸春秋 2009年9月30日第一刷

金原ひとみと綿矢りさ、二人の若い女性が同時に芥川賞を受賞したのは2004年のことでした。もう10年経ったわけですが、このニュースは当時結構大きな話題になりました。
小説の内容もそうですが、やはり世間は二十歳を過ぎたばかりの二人の見た目の違いに大いなる関心を寄せたのだと思います。

清楚でいかにも育ちの良さそうな綿矢りさに対して、金原ひとみの印象はまさしく元ヤン風で、結構色んな経験積んでますけどまぁたいして面白くもないのでこの辺で小説でも書いてみようかな、なんて思っただけっス...みたいな、世間を斜に見た姉貴に見えたのです。

断っておきますが、それは受賞時の印象に限ったことです。私はその後彼女たちの書いた小説を読んでいませんし、書店で手に取ることもありませんでした。
私にとって彼女たちはあまりにも若かったのです。親子ほど年の離れた若き才能を素直に受け入れられなかったのかも知れません。彼女たちも三十歳を過ぎましたので(金原ひとみは二人の娘を持つ母親です)、ようやく読んでみる気になったわけです。
・・・・・・・・・・
いいですね。実にいい。
「デリラ」「ミンク」「デンマ」と読み進むにつれて、何がいいのか分かってきました。
主人公の(神田)憂が交わす会話、会話になってない会話がとても面白い。

ドラマや映画ではすっきりとかみ合う会話が、憂と憂の相手では全くとんちんかんな会話にしかならないのです。笑いますが、きっと現実はそんなものなんですよね。作り物の方がわざとらしくて、実際は行きつ戻りつオタオタしながら誰もが話しているわけです。

憂は元々憂鬱病を患っていて、やっと外出できるようになったばかりなのですが、そのことで会話が成立しない訳ではありません。会話が成立しているふりをしないと世の中ではうまく生きられない、世の中変ですよという警告なのです。

神田憂は、自分のなかに分裂や違和感を抱えて生きています。
今日こそは精神科へ行こうと出かけるのですが、決まって別の所に足が向くのでした。
カイズは、髭を生やしていて禿かけでうだつの上がらない中年です。
ウツイ君は、背が高くて端正な顔立ちだけれど痛い青年です。

物語は7編用意されていますが、登場人物は全てこの3人です。
カイズとウツイ君は、編毎に、役者のようにキャラクターを変えて登場します。
カイズとウツイ君は変な奴です。二人と関わる憂も変になり、現実が遠退きます。

金原ひとみは、現実をより現実的に描くために非現実を選んで書いたと言います。
彼女が伝えたいのは「憂鬱があってこその人間だ」というメッセージであり、普通に生きていることはもはや不可能で、憂鬱を肯定した上でしか語れない、と言うのです。

「何もないのに普通に憂鬱」「ストーリーもドラマも、ヒューマニズムにも依存しない、ただ空っぽな一人の人間」...金原ひとみがこの小説で憂に与えたキャラクターです。

【参 考】7編のタイトルは全てカタカナ3文字になっています。
「デリラ」・・「DERIRA」 憂がアルバイトに採用されたバーの店名。
「ミンク」・・ブランドショップで憂は無性にミンクの毛皮が欲しくなります。
「デンマ」・・秋葉原のラオックスで憂は電気マッサージ器を買います。
「マンボ」・・憂が同乗したタクシーのなかでカイズさんが思わず言った言葉。
「ピアス」・・憂が行きたい精神科が入ったビルにはピアッシングスタジオがありました。
「ゼイリ」・・憂は税理士からの確定申告用の書類の督促に弱り切っています。
「ジビカ」・・蕁麻疹、胃炎に続いて今度は耳鳴りに苦しむ憂です。

この本を読んでみてください係数 85/100


◆金原 ひとみ

1983年東京都生まれ。パリ在住。

文化学院高等課程中退。小学4年生で不登校になり、中学、高校にはほとんど通っていない。小学6年のとき、父親の留学に伴い、1年間サンフランシスコで暮らす。

作品 「蛇にピアス」「アッシュベイビー」「AMEBIC アミービック」「オートフィクション」「ハイドラ」「星へ落ちる」「TRIP TRAP」「マザーズ」など

◇ブログランキング

応援クリックしていただけると励みになります。
にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ

関連記事

『夜をぶっとばせ』(井上荒野)_書評という名の読書感想文

『夜をぶっとばせ』井上 荒野 朝日文庫 2016年5月30日第一刷 どうしたら夫と結婚せずにす

記事を読む

『ドラママチ』(角田光代)_書評という名の読書感想文

『ドラママチ』角田 光代 文春文庫 2009年6月10日第一刷 〈高円寺〉、〈荻窪〉、〈吉祥

記事を読む

『白い衝動』(呉勝浩)_書評という名の読書感想文

『白い衝動』呉 勝浩 講談社文庫 2019年8月9日第1刷 第20回大藪春彦賞受賞作

記事を読む

『雪が降る』(藤原伊織)_書評という名の読書感想文

『雪が降る』藤原 伊織 角川文庫 2021年12月25日初版 〈没後15年記念〉 

記事を読む

『やめるときも、すこやかなるときも』(窪美澄)_書評という名の読書感想文

『やめるときも、すこやかなるときも』窪 美澄 集英社文庫 2019年11月25日第1刷

記事を読む

『宇喜多の捨て嫁』(木下昌輝)_書評という名の読書感想文

『宇喜多の捨て嫁』木下 昌輝 文春文庫 2017年4月10日第一刷 第一話  表題作より 「碁

記事を読む

『ユリゴコロ』(沼田まほかる)_書評という名の読書感想文

『ユリゴコロ』沼田 まほかる 双葉文庫 2014年1月12日第一刷 ある一家で見つかった「ユリゴコ

記事を読む

『サンブンノニ』(木下半太)_書評という名の読書感想文

『サンブンノニ』木下 半太 角川文庫 2016年2月25日初版 銀行強盗で得た大金を山分けし、

記事を読む

『203号室』(加門七海)_書評という名の読書感想文

『203号室』加門 七海 光文社文庫 2004年9月20日初版 「ここには、何かがいる・・・・・・

記事を読む

『夜に啼く鳥は』(千早茜)_書評という名の読書感想文

『夜に啼く鳥は』千早 茜 角川文庫 2019年5月25日初版 辛く哀しい記憶と共に続

記事を読む

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

『あいにくあんたのためじゃない』(柚木麻子)_書評という名の読書感想文

『あいにくあんたのためじゃない』柚木 麻子 新潮社 2024年3月2

『執着者』(櫛木理宇)_書評という名の読書感想文

『執着者』櫛木 理宇 創元推理文庫 2024年1月12日 初版 

『オーブランの少女』(深緑野分)_書評という名の読書感想文

『オーブランの少女』深緑 野分 創元推理文庫 2019年6月21日

『揺籠のアディポクル』(市川憂人)_書評という名の読書感想文

『揺籠のアディポクル』市川 憂人 講談社文庫 2024年3月15日

『海神 (わだつみ)』(染井為人)_書評という名の読書感想文

『海神 (わだつみ)』染井 為人 光文社文庫 2024年2月20日

→もっと見る

  • 3 にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
PAGE TOP ↑