『泣いたらアカンで通天閣』(坂井希久子)_書評という名の読書感想文

『泣いたらアカンで通天閣』坂井 希久子 祥伝社文庫 2015年7月30日初版

大阪・新世界のどん詰まりに店を構える 「ラーメン味よし」。放蕩親父ゲンコの作るラーメンはえらく不味くて閑古鳥が鳴いている。しっかり者の一人娘センコは頭を抱える日々だ。最近、ぼんやりしているおばあやんも気にかかる。そんなある日、幼馴染の質屋の息子カメヤが東京から帰って来て・・・・・・・。下町商店街に息づく、鬱陶しいけどあったかい、とびっきりの浪速の人情物語。(祥伝社文庫)

これは大阪の下町商店街に店をかまえる ラーメン味よしの一人娘センコを主人公にした物語だ。通天閣より南側は近年のレトロブームに乗って串カツの街として生まれ変わり大賑わいだが、ラーメン味よしのある北詰通商店街は新世界の北の端っこ。住民以外はほとんど通らない横町で、シャッターが目立つ寂しげな一角だ。

センコの母は、センコが小学三年生のときに交通事故で亡くなり、その後は父親そしておばあちゃんとの三人暮らし。この父親が問題で、しょっちゅう店を放って遊びに行ってしまう。センコは商事会社で働いているので、その間の店番はおばあちゃんだ。ところがこのおばあちゃん、反応が鈍くて客がきてもなかなか立ち上がらず、どうにかラーメンを作っても麺は茹ですぎスープは冷めきり、ただでさえまずいと評判の店なのに客足はますます遠のいていく。

二十六歳のセンコは十歳年上の上司、細野と付き合っている。問題は、大阪に単身赴任の細野には東京に妻子がいることだ。そういうセンコの日々が描かれていく。

彼女はヘコむと通天閣にのぼる。それが幼いときからの彼女の癖だ。高校受験に失敗したときも、初恋の相手にふられたときも、そして母親が死んだときも、通天閣にのぼって一人で泣いた。(解説より抜粋 by北上次郎)

賢悟の娘・千子は、本当は、千子と書いて 「ちね」 と読みます。しかし、「ちね」 と呼ばれた試しがありません。

凡そ二人をよく知る人は、賢悟のことは 「ゲンコ」 と、一人娘の千子のことは 「センコ」 と呼びます。父の賢悟もまた、千子を 「センコ」 と呼び、センコはセンコで、父である賢悟を 「ゲンコ」 と呼んではばかりません。

父・賢悟は、身長が百九十近くもある大男で短気でガサツ、おまけに顔がゲンコツみたいにゴツゴツしています。ゆえに 「ゲンコ」 と呼ばれています。

実は、 “ラーメン味よしの味” は、亡くなった賢悟の妻・芙由子の手になるものでした。先代の味を引き継いで、あっさりした中に鳥ダシの風味が濃く生きた人気のラーメンだったのですが、妻亡きあと、賢悟は未だその味を再現できずにいます。

見る間に評判を落とした店の内情は聞くも無残な状態で、千子が貰う月々の給料からの補てんがあればこそ、かろうじて経営が成り立っています。千子はそれを内緒にし、賢悟はそれに気付きもしません。

千子は商事会社に勤めており、職場の十歳上の上司、細野と付き合っています。ところがこの細野という男、大阪には単身赴任で、もといた東京には妻子がいます。いずれ別れると知りながら、それを承知の上で、なおも千子は細野のことを忘れることができません。

これだけ書くと、如何にも辛い話に思われるかもしれません。ところがどっこい、この物語にはそんな空気は微塵も見当たりません。昔よくみた “新喜劇” みたいに滑稽で、時にほろっとし、さらに、ゲンコとセンコの未来には思わぬ奇跡が起こります。

賢悟54歳、千子26歳の頃のことです。

この本を読んでみてください係数 85/100

◆坂井 希久子
1977年和歌山県生まれ。
同志社女子大学学芸学部日本語日本文学科卒業。

作品 「虫のいどころ」「ヒーローインタビュー」「虹猫喫茶店」「ただいまが、聞こえない」「ウィメンズマラソン」「こじれたふたり」他

関連記事

『ビタミンF』(重松清)_書評という名の読書感想文

『ビタミンF』重松 清 新潮社 2000年8月20日発行 炭水化物やタンパク質やカルシウムのよ

記事を読む

『夏と花火と私の死体』(乙一)_書評という名の読書感想文

『夏と花火と私の死体』乙一 集英社文庫 2000年5月25日第一刷 九歳の夏休み、少女は殺され

記事を読む

『青くて痛くて脆い』(住野よる)_書評という名の読書感想文

『青くて痛くて脆い』住野 よる 角川書店 2018年3月2日初版 『君の膵臓をたべたい』 著者が放

記事を読む

『夜はおしまい』(島本理生)_書評という名の読書感想文

『夜はおしまい』島本 理生 講談社文庫 2022年3月15日第1刷 誰か、私を遠く

記事を読む

『星々たち』(桜木紫乃)_書評という名の読書感想文

『星々たち』桜木 紫乃 実業之日本社 2014年6月4日初版 この小説は、実母の咲子とも、二度目

記事を読む

『百年と一日』(柴崎友香)_書評という名の読書感想文

『百年と一日』柴崎 友香 ちくま文庫 2024年3月10日 第1刷発行 朝日、読売、毎日、日

記事を読む

『硝子の葦』(桜木紫乃)_書評という名の読書感想文

『硝子の葦』桜木 紫乃 新潮文庫 2014年6月1日発行 今私にとって一番読みたい作家さんです。

記事を読む

『人間失格』(太宰治)_書評という名の読書感想文

『人間失格』太宰 治 新潮文庫 2019年4月25日202刷 「恥の多い生涯を送っ

記事を読む

『日曜日の人々/サンデー・ピープル』(高橋弘希)_書評という名の読書感想文

『日曜日の人々/サンデー・ピープル』高橋 弘希 講談社文庫 2019年10月16日第1刷

記事を読む

『ナイフ』(重松清)_書評という名の読書感想文

『ナイフ』重松 清 新潮社 1997年11月20日発行 「悪いんだけど、死んでくれない? 」あ

記事を読む

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

『あいにくあんたのためじゃない』(柚木麻子)_書評という名の読書感想文

『あいにくあんたのためじゃない』柚木 麻子 新潮社 2024年3月2

『執着者』(櫛木理宇)_書評という名の読書感想文

『執着者』櫛木 理宇 創元推理文庫 2024年1月12日 初版 

『オーブランの少女』(深緑野分)_書評という名の読書感想文

『オーブランの少女』深緑 野分 創元推理文庫 2019年6月21日

『揺籠のアディポクル』(市川憂人)_書評という名の読書感想文

『揺籠のアディポクル』市川 憂人 講談社文庫 2024年3月15日

『海神 (わだつみ)』(染井為人)_書評という名の読書感想文

『海神 (わだつみ)』染井 為人 光文社文庫 2024年2月20日

→もっと見る

  • 3 にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
PAGE TOP ↑