『老老戦記』(清水義範)_書評という名の読書感想文

『老老戦記』清水 義範 新潮文庫 2017年9月1日発行


老老戦記 (新潮文庫)

グループホームの老人たちがクイズ大会に参加した。珍解答を期待する主催者を手玉に取る面々。覚醒した彼らは海外旅行に出かけ、合コンに妖しく浮き立つ。一方、世間では団塊アゲイン党なる政党が勃興した。同世代の反体制派が闘争を開始、社会に衝撃が走る。これは悪夢か、現実か。日本を守らんと義勇軍を結成したのは・・・・・・・。超高齢社会日本を諷刺するハードコア老人小説。『朦朧戦記』改題。(新潮文庫)

「盗まれたの。このホームに泥棒がいるのよ」
今年八十二歳の沢村潔子が皺の寄った口でそう言ったのを、菊池源吾はうんざりした顔できいた。またかよ、と思ったのだ。

「ほかの人に言いふらしちゃやーよ。とっても体裁の悪いことなんだから」
「で、何がなくなったの」

「私のね、おこしがなくなっているの」 ※おこし=お腰:着物を着た際に腰に巻く布のこと。和服用の下着。

「でも、誰がどうしてお腰なんか盗むのよ」
「どうしてなんだか私にもまるでわかんないわよ。そういうへんな男の人がいるんでしょう」

「男が盗んだってわかってるんですか」 菊池は反射的にそうきいた。すると沢村潔子は奇妙な恥らいの表情を浮かべ、それが皺くちゃの顔に似合っていないので気持ち悪かった。

「だって、助平な男の人しかそんなことをするわけないがないでしょう。女のお腰を盗むんですよ」 その言葉は菊池をげんなりさせた。

つまり誰か男がエロティックな欲望で女性の下着を盗んだという考えだが、八十二歳の崩れかけた壁土のような婆さんの、お腰にそういう魅惑があると本気で思っているらしいのが不気味ではないか。

だーれーがあんたのお腰なんか欲しがるもんか、と口に出して言ってやりたいような気がした。「いやらしい男の人が、私のあんなものを触ったり、匂いを嗅いだりしているんじゃないかと思うと、ゾッとしちゃうのよ」 そんな男はおらん、と断言してやりたくなるではないか。
・・・・・・・・・
最近はよく一人暮らしをしているお婆ちゃん(妻の母)の家へ行きます。今年八十八歳になるお婆ちゃんは二年前につれあいを亡くし、そのあとしばらくは激しく憔悴し、この先どうなることかとひどく心配していました。ところが、

ここ一年ほどは、その頃の様子が嘘みたいに元気になり、近所の仲良しグループと連れ立ってカラオケへ行き、自治会で麻雀をやるといっては出かけて行くようになりました。外食やドライブが好きで、たまに京都へ行こうと言うと喜んでついて来ます。

若い頃から「衣装持ち」で、着るものは(捨てるほど)あるはずなのですが、それでも新しい服や靴が欲しいらしく、しばしば買い物がしたいと言います。これと決めた(えらく高価な)化粧品を使い、月に一度は馴染みの美容院へ行きます。

ボケもせず、健康でいるのは何よりですが、ことさら自分の容姿にこだわる様子を見るにつけ、やれこの服は年寄りくさいであるとか、これなら細く見えるであるとか、二の腕の皺が目立って嫌だとか、この眼鏡は目が小さく見えてダメだとか・・・・・・

八十八歳にもなって何を今更と思うのですが、なまじ美人で知られたお婆ちゃんだけに、今もきっと 「自分は美人」なのだと。たとえ歳を取ろうと、美人でいることをやめるわけにはいかないのだろうと。そう思うとちょっと切なく、忍びない感じがします。

笑えるけれど笑わない。莫迦にして茶化さない。いずれあなたも(そして私も)、それと似たような年寄りになってゆくのですから。

 

この本を読んでみてください係数 80/100


老老戦記 (新潮文庫)

◆清水 義範
1947年愛知県名古屋市生まれ。
愛知教育大学国語科卒業。

作品 「昭和御前試合」「蕎麦ときしめん」「国語入試問題必勝法」他多数

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