『203号室』(加門七海)_書評という名の読書感想文

公開日: : 最終更新日:2024/01/13 『203号室』(加門七海), 作家別(か行), 加門七海, 書評(な行)

『203号室』加門 七海 光文社文庫 2004年9月20日初版

「ここには、何かがいる・・・・・・・」。大学に受かり、念願の一人暮らしを始めた沖村清美が選んだアパートの一室は、どこかがおかしかった。絶えずつきまとう腐臭、部屋に残る得体の知れない足跡・・・・・・・次々と起こる怪異が、清美をじわりじわりと追いつめていく。著者自身の実体験も盛り込まれたリアル過ぎる恐怖! 読み出したら止まらない、戦慄のノンストップ・ホラー! (「BOOK」データベースより)

『203号室』 というタイトルはいかにも思わせぶりで、文庫の表紙も悪くない。私は何も知らなかったのですが、加門七海という人は立派な伝記作家でありエッセイストでもあるらしい。(でなけりゃ、あんなにたくさん書店に並ばない!? )

「騙された」 とまでは言いませんが、「宣伝にしてやられた」 というところでしょうか。全部がダメだというわけではないのですが、何と言いましょうか、もっと怖い話を読みたかった、身体の芯からゾクゾクしたかった、みたいな感じで不満が残ります。

随所に「おぉー、ちょっと怖くなってくるぞ」といったフリの部分はあるのです。来たるべき恐怖に身構えながらそーっとページを捲ります。ところが、その先がいけません。「え? これでお終い? 」みたいな気分を繰り返し味わうことになります。

ひとつ、中身の話をします。
清美の部屋の隣には、ちょっと怖そうなお兄さんが住んでいます。この男が、突然怒鳴り込んでくる場面があります。「毎晩、毎晩うるせえんだよ」 と男は言うのですが、清美には何が何だかわかりません。

テレビの音かと聞けば、そうではないと言います。「毎晩、殺すの出ていけの。大喧嘩ばかりしてんなら、とっとと別れりゃ、いいだろう!? 相手の男はどこ行った。男を出せよっ!  おい、出て来い!  」男は清美を突き飛ばし、土足のまま部屋に上がり込んで辺りを捜すのですが、誰かがいるわけではありません。

清美は一人で暮らしているのに、隣には毎晩言い争う声が聞こえているのです。想像するに、これってちょっと怖くないですか?  ここら辺りは結構「きたぞ、きたぞ」という期待を込めて待ち構えているのですが、結局これはこれだけの話として終わってしまいます。もう、まるで肩すかし。

物語の冒頭に 「203号室」 という部屋番号について、清美が感想を言う場面があります。彼女は、下見にきた当初からこの番号に妙な親しさを覚えていたと言います。ニヒャクサンゴウシツ - その響きが何となく自分の気持ちに馴染むと言うのです。

彼女はそのことを、入学当初から何気に好意を寄せる新見という青年に話します。すると新見は意外なことを言い出します。清美の203号室に対する親近感は、〈203高地〉 という語感からくるものだと言って、彼女に対し日露戦争の話を始めます。

203高地とは、旅順を陥とすために乃木希典が攻略した場所の名前であること。その戦いで、日本軍は3,000人以上の死者と7,000人近い負傷者を出したのだと言います。新見の博識に素直に感心しながらも、清美は微かに不快な気持ちを抱きます。

ところが、実はこれって何でもない話で、清美が気のある男に何気に自分が一人暮らしであるのをアピールしたかっただけのことで、何かが始まる期待に胸を膨らませ、はずみでつい同調を誘うようなことを言っただけなのに、新見はみごとに的外れな返答をしてしまうというわけです。

清美が不快になるのは当然で、夢に見た一人暮らしが今まさに始まろうとする高揚感に水を差すような話をされてしまうのですから。さらにこのことで、清美は彼女のトラウマだという、小学生の頃にみた広島長崎原爆の記録映画のことを思い出します。

- そして場面は現在に戻り、清美が部屋へ入ろうとしてドアから顔を差し入れた、まさにその瞬間、部屋にはただならぬ異臭が・・・・・・・、と続きます。

・・・・・・・「ああ、これはきっと何かの伏線に違いない」- おそらく誰もがそう思うはすです。ところが、残念ながらこれもここだけの話で終わります。203高地も、広島や長崎の原爆のことも、その後一切出てはきません。

これってどうよ? みたいな作品であるわけです。

この本を読んでみてください係数  70/100


◆加門 七海
1962年東京都墨田区生まれ。
多摩美術大学大学院修了。伝記作家、エッセイスト。

作品 「美しい家」「オワスレモノ」「心理MAX」「怪談徒然草」「うわさの人物 神霊と生きる人々」「女切り」など多数

◇ブログランキング

いつも応援クリックありがとうございます。
にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ

関連記事

『能面検事』(中山七里)_書評という名の読書感想文

『能面検事』中山 七里 光文社文庫 2020年12月20日初版 大阪地検一級検事の

記事を読む

『森に眠る魚』(角田光代)_書評という名の読書感想文

『森に眠る魚』角田 光代 双葉文庫 2011年11月13日第一刷 東京の文教地区の町で出会った5人

記事を読む

『死ねばいいのに』(京極夏彦)_書評という名の読書感想文

『死ねばいいのに』京極 夏彦 講談社 2010年5月15日初版 3ヶ月前、マンションの一室でアサミ

記事を読む

『土に贖う』(河﨑秋子)_書評という名の読書感想文

『土に贖う』河﨑 秋子 集英社文庫 2022年11月25日第1刷 明治30年代札幌

記事を読む

『本性』(黒木渚)_書評という名の読書感想文

『本性』黒木 渚 講談社文庫 2020年12月15日第1刷 異常度 ★★★★★ 孤

記事を読む

『果鋭(かえい)』(黒川博行)_書評という名の読書感想文

『果鋭(かえい)』黒川 博行 幻冬舎 2017年3月15日第一刷 右も左も腐れか狸や! 元刑事の名

記事を読む

『ぬるい毒』(本谷有希子)_書評という名の読書感想文

『ぬるい毒』本谷 有希子 新潮文庫 2014年3月1日発行 あの夜、同級生と思しき見知らぬ男の

記事を読む

『赤と白』(櫛木理宇)_書評という名の読書感想文

『赤と白』櫛木 理宇 集英社文庫 2015年12月25日第一刷 冬はどこまでも白い雪が降り積もり、

記事を読む

『夏と花火と私の死体』(乙一)_書評という名の読書感想文

『夏と花火と私の死体』乙一 集英社文庫 2000年5月25日第一刷 九歳の夏休み、少女は殺され

記事を読む

『成瀬は天下を取りにいく』(宮島未奈)_書評という名の読書感想文

『成瀬は天下を取りにいく』宮島 未奈 新潮社 2023年3月15日発行 「島崎、わ

記事を読む

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

『アトムの心臓 「ディア・ファミリー」 23年間の記録』(清武英利)_書評という名の読書感想文

『アトムの心臓 「ディア・ファミリー」 23年間の記録』清武 英利 

『メイド・イン京都』(藤岡陽子)_書評という名の読書感想文

『メイド・イン京都』藤岡 陽子 朝日文庫 2024年4月30日 第1

『あいにくあんたのためじゃない』(柚木麻子)_書評という名の読書感想文

『あいにくあんたのためじゃない』柚木 麻子 新潮社 2024年3月2

『執着者』(櫛木理宇)_書評という名の読書感想文

『執着者』櫛木 理宇 創元推理文庫 2024年1月12日 初版 

『オーブランの少女』(深緑野分)_書評という名の読書感想文

『オーブランの少女』深緑 野分 創元推理文庫 2019年6月21日

→もっと見る

  • 3 にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
PAGE TOP ↑