『漂砂のうたう』(木内昇)_書評という名の読書感想文

『漂砂のうたう』木内 昇 集英社文庫 2015年6月6日 第2刷

第144回 直木賞受賞作

若い頃には見向きもしなかった - この頃、そんな類の本が妙に気になります。先に読んだ 『茗荷谷の猫』 が傑作で、なら次は直木賞の受賞作をと、読後すぐに近くの本屋へ行き手に入れました。

二日で読み終えました。正直な感想を言いますと、『茗荷谷の猫』 の時に味わったそこはかとなく、しかし確かに感じる寂寥感や、(著者の作品を) 初めて読んだ 『櫛挽道守』 ほどの迫りくる感動には及ばないものの、これはこれで十二分な読み応えがあり、まこと直木賞に相応しい作品だと。選んで読む、価値があります。

あらすじ

江戸から明治に変わり十年。御家人の次男坊だった定九郎は、御一新によってすべてを失い、根津遊郭の美仙楼に流れ着いた。立番 (客引) として働くものの、仕事に身を入れず、決まった住処すら持たず、根無し草のように漂うだけの日々。

ある時、賭場への使いを言いつかった定九郎は、かつて深川遊郭でともに妓夫台に座っていた吉次と再会する。吉次は美仙楼で最も人気の花魁、小野菊に執心している様子だった。時を同じくして、人気噺家・三遊亭圓朝の弟子で、これまでも根津界隈に出没してきたポン太が、なぜか定九郎にまとわりつき始める。

吉次の狙いは何なのか。ポン太の意図はどこにあるのか。そして、変わりゆく時代の波に翻弄されるばかりだった定九郎は、何を選びとり、何処へ向かうのか --。(集英社WEBサイトより)

江戸から明治へと時代が変わる - 御家人の家に生まれ育った定九郎にとって、定九郎の父や兄にとって、それはこれまでの暮らしや身の処し方や、己が生きる生き甲斐を、根こそぎ奪われ失くすということでした。まるで違う世界へ迷い込み、行き先を失くして泣く子のように、定九郎には為すすべがありません。

激しく流動する時代の流れの底で、人びとは、それぞれに鬱屈や閉塞感を抱えて生きている。主人公は武士階級から落ちこぼれた定九郎、根津の美仙楼という見世で立番を務めている。どこにも逃げ場のない自分に苛立つ彼の周囲には、強烈な個性をもった人間たちが立ち現れてくる。見世の大看板小野菊花魁、剃刀のように切れる妓夫太郎の龍造、噺家の弟子で幽霊のようなポン太などなど、魅力たっぷりのキャラクターが揃っている。

臨場感あふれる舞台装置に個性豊かな役者たちが勢揃いし、いつの間にか目の前で極上の大芝居が演じられる。そして、遊郭で繰り広げられるドラマが、当代きっての人気噺家圓朝の語るお噺とシンクロしていく。このあたりの虚実のせめぎ合い、からまり具合がまた絶妙なのだ。

なんとまあ贅沢な物語だろう! (松田哲夫/上記サイト内)

※どこか違う気配が漂う、花魁の小野菊。冷静沈着、一切妥協を許さない仕事ぶりの妓夫太郎の龍造。定九郎やポン太もさることながら、私はこの両名が強く印象に残りました。龍造の過去が知れると、自ずと彼に対する見方が変わってきます。小野菊は、最後に読者を 「あっ」 と言わせます。

この本を読んでみてください係数 85/100

◆木内 昇
1967年東京都生まれ。
中央大学文学部哲学科心理学専攻卒業。

作品 「新選組 幕末の青嵐」「笑い三年、泣き三月」「光炎の人」「茗荷谷の猫」「櫛挽道守」他多数

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