『ポラリスが降り注ぐ夜』(李琴峰)_書評という名の読書感想文

『ポラリスが降り注ぐ夜』李 琴峰 ちくま文庫 2022年6月10日第1刷

レズビアン、トランスジェンダー、アロマンティック/アセクシュアル、バイセクシュアル、パンセクシュアル etc.多様な性的アイデンティティを持つ女たちが集う二丁目のバー 「ポラリス」。国も歴史も超えて思い合う気持ちが繋がる7つの恋の物語。台湾人で初めて芥川賞を受賞した著者の代表作にして芸術選奨文部科学大臣新人賞受賞作が待望の文庫化! 解説 桜庭一樹 (ちくま文庫)

【目次】
1.日暮れ
2.太陽花たちの旅
3.喋々や鳥になれるわけでも
4.夏の白鳥
5.深い縦穴
6.五つの災い
7.夜明け

舞台は東京の新宿二丁目。2018年、平成最後の12月の土曜の夜。カウンター7席の小さなレズビアンバー 「ポラリス」 を舞台に、総勢13人の人間模様を綴る群像劇が語られる。

同じ夜の同じ店に集まった人物たちは、一人一人が異なっている。ゆーは、LGBTなどがもてはやされているけれど自分は活動家のように強く楽しくはなれないと思っているし、楊欣は自分を完全なレズビアンだと、恋人のかりんのことはバイセクシュアルだから信用できないと感じている。怡君は、心惹かれた曉虹がトランスジェンダーだと知り、アイデンティティを脅かされるような思いを抱える。Aセクシュアルのゆきは、恋愛の話題に溢れる周りから置いてきぼりにされるような息苦しさを感じており、友人のりほに相談する。りほはノンセクシュアルを自認しており、これらのカテゴライズについて、名前を得ると安心だ、それは先人の苦労の結果であり、一人じゃないという証拠だから、と語る。一方で店主の夏子は、長年客を見てきた経験から、我々は一人一人違うのだ、名前がいくつあっても足りないのに簡単に説明できないのでは、とカテゴライズに抵抗を感じている。このように、群像劇の中で多くの人物が様々な姿を万華鏡のように見せ続ける。(解説より)

男性である私は 「私が男性である」 ことを疑ったことがありません。身体的にも、精神的にも 「その事実」 に悩んだことがありません。他人に見られ、意識したのはいつも 「男として」 でした。私にとって 「女性」 は、ある種別の世界の生き物でした。

あの時蔡曉虹は戸籍上、まだ陳承志だった。自らの男性的な名前を嫌い、留学先の日本では母の名字 「蔡」 に因んで、さえというニックネームを使っていた。

女性化というのは実に大掛かりな工事で、髪の毛先から足の爪先まで何もかも手を入れなければならない。地毛が伸びる前にウィッグを被るしかなく、ゲジ眉は常に手入れして形を整える必要がある。黒い肌はしっかり美白し、ブラジャーのカップにはストッキングを詰め込む。耳にピアスを開け、爪にマニキュアを塗る。髭はさほど生えていないが、脛毛は濃い方なので、剃っても剃ってもすぐ生えてくる。脱毛サロンに通うお金もなく、いつも抜くタイプの電動脱毛器を使って、歯を食いしばって痛みに耐えながら処理している。処理した後、脛毛の残骸は黒い虫の群れのように床に散らばり、脛には真っ赤なぶつぶつができる。毛穴が痒くて仕方ないが、それと引き換えに二週間程度滑らかな脛が手に入る。それでやっと安心してスカートが穿ける。人は女に生まれるのではない。女になるのだ、と実存主義の哲学者が言ったが、全く女になるというのは本当に大変なことだ。

だが、しかし

性別移行を始めてから、この世界が如何に男女二元論を前提に形作られているか、さえは思い知らされた。トイレも、寮も、シャワールームも、更衣室も男女に分かれる。身分証にも、保険証にも、学生証にも、出席簿にも性別欄があり、さえはどの書類でも男に仕分けられる。就学やアルバイトから口座開設や携帯購入まで、様々な手続きで身分証番号が必要とされ、その番号もまた男女で異なる。男は 「1」 で始まり、女は 「2」 で始まるのだ。そして兵役。男達と一緒に裸になって身体検査を受け、軍隊に送り込まれて一年間軍事訓練を受けるなんて、それほど残酷な煉獄はない。大学を卒業し、徴兵されるまでに何とか性別を変えなければ、部隊の中で狂ってしまうか、死んでしまうだろう。社会というシステムは大きな網のように常にさえの頭上に張り巡らされ、どこに行っても逃げ場がない。ことあるごとに自らの意思に反して性別が曝け出される。(本文より)

昨日、夕方のニュース番組で女性同士の結婚についての裁判があったという報道がありました。残念ながら結果は 「否」、二人の婚姻は認められませんでした。二人のうち一人の女性は、友人から精子の提供を受け、既に妊娠しています。その子を二人の子供とし、家族三人で生きて行こうと思っています。

二人が知り合い、二人で暮らすようになって、既に15年という月日が経過しています。愛し合う二人の結婚の、どこがいけないのでしょう? 誰が困るのでしょう? 国は、何を心配しているのでしょう。

この本を読んでみてください係数 85/100

◆李 琴峰(り・ことみ)
1989年台湾生まれ。
2013年来日、早稲田大学大学院修士課程入学。

作品 2017年、「独舞」 で群像新人文学賞優秀作を受賞しデビュー。「彼岸花が咲く島」 で第165回芥川賞を受賞。他に 「五つ数えれば三日月が」「星月夜」「生を祝う」など

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