『眺望絶佳』(中島京子)_書評という名の読書感想文

公開日: : 最終更新日:2024/01/14 『眺望絶佳』(中島京子), 中島京子, 作家別(な行), 書評(た行)

『眺望絶佳』中島 京子 角川文庫 2015年1月25日初版

藤野可織が書いている解説に、とても感心しました。文庫の帯には、「本書は、神様を持たない人に神様をくれる本だと思う」と大書してあります。彼女はその理由について、自分には神様がいないと言い、まずその説明を始めるのですが、それがいいのです。

お墓とか仏壇とか檀家とか、そういうものと「信心」が結びついていない、と言います。日頃は神仏を崇めるような生活をしていないのに、必要のあるときだけ都合よく、数珠を巻いてみたり拝んでみたりして、信心のあるようなふるまいをしていると言うのです。

自分が嘘をついているのにちょっとだけ傷つき、同時に自分が立派に空気を読んだふるまいをしていることをちょっとだけ誇りに思います。

ここまで、どうですか? 失礼を承知で言いますが、大多数の方の「信心」とは、まことにこの程度ではないのでしょうか。彼女が宗教を頼みにしないのは、宗教と縁が薄いからと言って表立って批判もされないし、既成の神様はどこか敷居が高いと感じているからです。

習慣や義務を課すようなものは、はっきり言って迷惑だと言います。何もかもを瞬く間に解決して、すべてから解放してくれる都合のいい神様なんて存在するわけはない。中学生の頃に読んだ遠藤周作の小説も、一旦は感心するものの、すぐに忘れてしまう彼女です。

これが、藤野可織の神様がいない理由です。そして、彼女がほしい神様とは、「私たちみんなが、たった一人でつかみどころがなくて理解の及ばないものと必死で戦っていることを、ときどき思い出させてくれる神様」なのです。

長くなりましが、藤野可織がほしいと願う神様が、この小説『眺望絶佳』には間違いなくいるんですよと彼女は結んでいます。もちろん、スカイツリーや東京タワーが神様ですという単純な話ではなく、神様の存在を知らしめるための象徴としてあるわけです。

スカイツリーから東京タワーに宛てた手紙に続いて8つの短い話が綴られた後、最後に東京タワーからスカイツリーに向けての返信が準備されています。8つの短編はそれぞれ違った趣きで、どれもがふたつの電波塔と関連している話ではありません。

なぜ往復書簡の間にこれらの短編が差し挟まっているのか、どこにも理由は書かれていませんし、さらっと読んだ(読めてしまうのですが)だけでは、正直確かな意味は掴めないと思います。それほどにそれぞれの話は独立して、一貫性がありません。

ここでまた、藤野解説を頼らなければなりません。藤野可織曰く、8つの短編にはふたつの共通点があると言います。その共通するものをして、日本で一番と二番目に高い建物である電波塔同士の手紙に挟まれている意味がある、と解説しているのです。

スカイツリーと東京タワーに与えられた宿命、8つの物語が示唆する「人」としての宿命、なぜ藤野可織は「神様」の存在をいの一番に取上げたのか。

それは書かずにおきたいと思います。ただ、この小説はこの程度の準備をしてから読む方が内容をよく吟味できると思います。ひとつひとつの話をぶつ切りにせず、全体の構成上必然的に今はこの話が語られているんだということを意識しながら読めば、見えないものが見えてくるように感じられます。

この本を読んでみてください係数 80/100


◆中島 京子
1964年東京都生まれ。
東京女子大学文理学部史学科卒業。

作品 「FUTON」「イトウの恋」「均ちゃんの失踪」「冠・婚・葬・祭」「小さいおうち」「妻が椎茸だったころ」他

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