『八月の銀の雪』(伊与原新)_書評という名の読書感想文
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最終更新日:2024/01/05
『八月の銀の雪』(伊与原新), 伊与原新, 作家別(あ行), 書評(は行)
『八月の銀の雪』伊与原 新 新潮文庫 2023年6月1日発行
「お祈りメール」 ばかりの大学生はいつしか独りでいることを選んでいた。幼い娘を抱えたシングルマザーは 「すみません」 が口癖になった。広島はどっちの方向だろう。地方出身の契約社員は、自分が何をしたいのか分からなくなっていた。
不安な心に一条の光が射しこむ - 。大ヒット作 『月まで三キロ』 に続く傑作 2021年本屋大賞ノミネート! 直木賞候補、山本周五郎賞候補 〈科学の知〉 が傷ついた心に響く物語。
憂鬱な不採用通知、幼い娘を抱える母子家庭、契約社員の葛藤・・・・・・・。うまく喋れなくても否定されても、僕は耳を澄ませていたい - 地球の中心に静かに降り積もる銀色の雪に。深海に響くザトウクジラの歌に。磁場を見ているハトの目に。珪藻の精緻で完璧な美しさに。高度一万メートルに吹き続ける偏西風の永遠に。表題作の他、「海へ還る日」 「アルノーと檸檬」 「玻璃を拾う」 「十万年の西風」 の五編。(新潮文庫)
初読。「驚かすことを目指さない普通の小説」 とは。確かに宇宙科学に関する知見が散りばめられてはいますが、描かれているのはどれもが現実的で、いつ誰がそうなってもおかしくはない話が五編収録されています。 社会的には弱者と呼ばれる人々に、強く優しい光が注がれています。
もうひとつ、不思議と心にかかるのは、収録された五編のうち、表題作でもある 「八月の銀の雪」 を除く四編で、主要な登場人物 (時に複数の) が親を失った存在として描かれることだ。
未婚で 「わたし」 を産んだ後、赤子を母 (「わたし」 の祖母) に預けたまま戻らなかった母。親に捨てられた子として育った 「わたし」 は、やはりシングルマザーで娘を育てることに静かな絶望を感じている (「海へ還る日」)。
危篤の祖父の枕辺に駆けつけることより劇団のオーディションを優先した男は、不動産管理会社の契約社員で糊口をしのぎながら、二十年故郷へ帰れずにいる (「アルノーと檸檬」)。その男が探した迷子の伝書バトの飼い主は、ハトに入れ込みすぎて妻子と別れ、最後まで慈しんだハトが行方不明となった後は、亡くなるまでの半年間ノートに 「今日も帰らず」 と記録し続けた (同作)。
あるいは研究者の道を進むことを諦め、珪藻の観察に孤独に打ち込む男の母は、母の日の贈り物の完成を待たずに膠原病の悪化で亡くなる (「玻璃を拾う」)。そして定年退官した後も海岸で凧を揚げ続ける男をそもそも気象庁へと進ませたのは、太平洋戦争末期、風船爆弾の作戦中に戦死した父の存在だった (「十万年の西風」)。
この短編集に登場する人々は皆どこかで、向かわねばならぬ先、戻ることができる故郷を失って、戸惑い、立ち尽くしているように見える。たとえばそれは 「もののふるまい」 と 「こころ」 の間で途方に暮れ、神という超越的な拠りどころを失い、かといって科学を無邪気に安全基地とすることもできない、私たち自身の姿のようでもある。(解説より)
※表題作はいいですよ。冒頭の 「八月の銀の雪」 だけでも読んでみてください。きっと次が読みたくなります。
この本を読んでみてください係数 85/100
◆伊与原 新
1972年大阪生まれ。
神戸大学理学部卒業後、東京大学大学院理学系研究科で地球惑星科学を研究。博士課程修了。
作品 「お台場アイランドベイビー」「月まで三キロ」「プチ・プロフェスール」「ルカの方舟」「青ノ果テ 花巻農芸高校地学部の夏」「オオルリ流星群」他多数
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